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【動画】ご長寿グランプリ2023の見逃し配信を無料視聴!再放送は?

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【動画】ご長寿グランプリ2023の見逃し配信を無料視聴!再放送は?

TBSで放送されているバラエティ番組「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2023」の見逃し配信を無料視聴する方法を紹介したいと思います。動画配信といえばTVer(ティーバー)やabema(アベマ)などが思い浮かびますが、無料動画配信はそれらのサービスが全てではありません。

今回ご紹介する「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」の動画は現在配信されていませんが、今後配信されるとすれば、動画配信サービス「U-NEXT」になるのではないかと思われます。

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それでは「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」について紹介していきたいと思います。

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2023」

爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2023さんまも抱腹絶倒の爆笑珍解答連発!
今年もご長寿早押しクイズで笑い納め!爆笑解答連発の地方予選&最強ご長寿5人で頂上決戦だ▽過去の自分に贈るご長寿ビデオレター!深〜い名言の数々に感動…のはずが爆笑
▼新企画!100歳を超えても元気なご長寿をお祝い!阪神ファン歴なんと88年という102歳のご長寿に川藤から感動プレゼント
▼全国各地で予選会開催!爆笑をかっさらうNEWご長寿を発掘!毎年おなじみのレジェンドご長寿も健在!決勝戦5名の珠玉の回答を見逃すな!
▼過去自分に爆笑&感動メッセージ…ご長寿ビデオレター!今年はスタジオ出演者ゆかりのご長寿からのメッセージも!丸山桂里奈がやらかした大失態とは!?

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2023」の出演者

【MC】明石家さんま
【ゲスト】王林/上白石萌歌/近藤春菜(ハリセンボン)/丸山桂里奈/本並健治/宮川大輔/山崎弘也(アンタッチャブル)
【VTR出演】川藤幸三/鈴木奈々

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「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」の詳細

ここから、記事を全て読んでいただくのも嬉しい限りですが、記事が何分長いので、気になるところにジャンプ出来るように、それぞれのネタバレを項目ごとに用意しました!

気になる箇所へ飛んでみてくださいませ!

・番組情報についてはこちらから

・番組出演者はこちらから

・番組内容ついてはこちらから

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」の概要

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」は、TBS系列で2016年から毎年12月29日に放送されている、日本のバラエティ番組、年末特番。

総合司会は明石家さんまであり、さんまの冠番組である。

2019年のみタイトルは『明石家さんまの爆笑!ご長寿グランプリ』。

かつて、当番組と同じく明石家さんまが司会でTBSテレビで放送されていたさんまのSUPERからくりTV(以下「からくりTV」)から、特に『ご長寿』に焦点を当てた内容で放送されているのが当番組である。

「ご長寿早押しクイズ」を軸として放送され、新作のみならず、からくりTV時代のご長寿クイズの名場面集や、ご長寿が過去の自分に宛てたメッセージを送る「ご長寿ビデオレター」のコーナー、ご長寿が若年者(TBS新人アナウンサーやタレント、若手芸人等)の悩みに答えるコーナーなどが放送されている。

また、2019年までは放送曜日に関わらず、毎年12月29日に放送されるのが慣例となっていた。

2020年は12月27日に放送予定。

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「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」の出演者

「明石家さんま」について

「明石家さんま」は、日本のお笑いタレント・司会者・俳優。

吉本興業所属。本名:杉本 高文(すぎもと たかふみ)。番組企画や構成等では、本名名義でクレジットされることもある。

和歌山県東牟婁郡古座町(現在の串本町)生まれ、奈良県奈良市出身。

落語家を志して2代目笑福亭松之助の弟子となり、高座名・笑福亭さんまとしてデビューするが、師匠の推薦でタレントに転向し、屋号を明石家に変えた。その後は1970年代後半から現在まで芸能界の第一線で活躍を続けている国民的お笑いスターの1人であり、ビートたけし・タモリと並び「お笑いBIG3」と称される。

1955年に和歌山県串本町の水産加工業の次男として生まれる。3歳の時に奈良県に転居し、出身小学校である奈良市立鼓阪小学校には、小学生当時に捕まえたムササビが展示されている。また、当時は「ムササビを捕まえた少年」として話題になった。教師の薦めで東大寺学園中学校を受験したが不合格となり、その後奈良市立三笠中学校に進学した。奈良県中学生相撲大会で2位になったことがある。中学時代は同級生2人と「アーアーズ」といういたずらグループを結成し、遊びに興じていたという。 また植木等のモノマネをしていた。

奈良商業高校時代もクラブ活動はサッカー部に所属したものの、決して真面目な生徒ではなく何度も別のクラスの授業を悪戯で妨害するなどで学校中の人気者となり、さんま自身も「自分の頂点は17歳」と公言している。当然教師からは目の敵にされ、高校3年の運動会で徒競走で逆走した際に、それに怒った教師にPTAなどの前で追い掛け回されたりするなどのエピソードがある。 またクラスメイトの前で桂三枝の落語のコピーや自身の新作漫談もよく披露し、ある英語教師も授業を時々中断してはそれを黙認していた。そしてその才能に驚いた教師に「杉本、おまえ、吉本入れ」と言われ、徐々に芸能界に興味を持つようになった。 奈良商業高校時代は授業を抜け出してパチンコに興じ、得た収入を仲間に分配していた。

弟子入り
1974年2月、高校3年の時に笑福亭松之助に弟子入り。入門の動機は、花月劇場で見た松之助の新作落語が面白かったからだという。初めて顔を合わせた際、松之助に「なぜ僕を選んだのか」と入門の理由を問われたさんまは「センスがよろしいから」と、素直な気持ちを伝えたつもりだったが、これに対し松之助は「そら、おおきに」と返答。この日すぐ松之助はさんまを自身の仕事先であるラジオ局に連れて行った。

高校卒業後の3月に正式に内弟子修行を開始。入門生活は丸刈りにされること以外はあまり厳しくなく、放任主義だった。高座名は「笑福亭さんま」が与えられた。

しかし半年もしないうちに内弟子修行を放り出して、当時交際していた女性と共に上京し、東京で一旗揚げようと試みる(いわゆる「さんま駆け落ち事件」)。しかし、東京での生活はうまくいかず、さんまは一時帰阪した際、松之助から借りていた本を返すという口実で、松之助宅を訪ねたが、松之助はさんまを一切叱ることなく、明るい声でさんまを激励した。このときは正式な弟子復帰に至らなかったが、松之助は「さんまが帰ってくるから、よろしゅう頼むわなぁ」と上方落語界や吉本興業への根回しをしており、直後にさんまと交際していた女性が別の男性と結婚し、さんまは内弟子修行に戻ることを決意して、なんば花月の松之助の楽屋を訪ねた際、松之助は「何もいうな、ついてこい!」と、師弟で初めて食事に行ったラーメン店にさんまを連れ出した。その後笑福亭のままでは反発があると、松之助の計らいでそれまで屋号を名乗っていた笑福亭ではなく「明石家さんま」として再出発した。

関西ローカル時代
1976年1月15日放送のよみうりテレビ制作の『11PM(大阪イレブン)』にて生放送された、20歳を迎える上方落語家をスタジオに集めてトークする企画「20歳の性熟度ピンクテスト」に出演。松之助は着物ではなく「赤いブレザーを着ていけ」と指示し、出演者の多くが着物姿の中、指示に従って営業用の赤いブレザーを着用して放送に臨み、よく喋ったさんまは目立った存在だったという。これがさんまのテレビデビューだった。

弟子になってから2年が経ち、通い弟子を卒業したさんまだが、テレビの出演オファーは全く無く、不定期の花月劇場の出番と落語会の出番の他、同期の島田紳助とイベント司会などの営業活動を行なっていたのみで、ほぼ毎日のように先輩芸人の森啓二とナンバ五郎(のちのMr.オクレ)とプラプラしてるだけだったという。ある日、毎日放送の『スタジオ2時』の企画「若手漫才選手権」に兄弟子の明石家小禄と漫才コンビとして出場を打診され、他に仕事もなく、松之助の助言もあり出場。小禄との漫才では、巨人の1番柴田から8番河埜までの選手の形態模写を順番に披露し、最後に巨人のエース小林繁の投球フォームを披露するネタが客にウケ、徐々に人気が高まった。その事もあり1976年の大晦日にフジテレビ『小川宏ショー』に出演。前述の形態模写で同年に活躍したスポーツ選手ネタだったが、これが東京での初仕事となった。翌1977年2月からうめだ花月に漫才コンビとして出るようになり、吉本興業から「アトム・スリム」として正式にデビューを打診されるが、さんまはピンで売れたい気持ちが強く拒否し事実上のコンビ解消となった。同時期に島田紳助からも漫才コンビを組む事を打診されるが拒否し、代わりに松本竜介を紳助に紹介し「紳助・竜介」結成に大きな役割を果たしている。

1977年10月にはB&B、のりお・よしお、ザ・ぼんちらとのコントユニット「ビールス7」を結成し、花月の舞台に定期的に出演していた。それらの活動が桂三枝の目に留まり、彼が司会する毎日放送の人気番組『ヤングおー!おー!』に抜擢。三枝の愛称「サニー」にあやかって「チャッピー」と愛称を付けられ、三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわし、林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍の番組内ユニット「ザ・パンダ」を改編して、さんまを加入させた「サニーズ・オオサカスペシャル(S.O.S)」を立ち上げ、諸先輩を差し置いて1コーナーを任されるまでになる。その流れで1978年10月には『MBSヤングタウン』の桂三枝のアシスタントに抜擢。さらに同じ頃にプロ野球において「空白の一日」事件が起こり、巨人の小林繁が阪神に移籍すると、前述の小林の形態模写が再び脚光を浴びて、同形態模写をモチーフにしたレコードを出し、大ヒットするなど関西を中心にアイドル的な人気となる。

全国区のスターに
1978年のフジテレビ正月特番『はつもうで、三枝の爆笑ヒットパレード』に出演。その番組のスタッフだった横澤彪や三宅恵介との出会いから『スター千一夜』をはじめ、その後も両者が担当するフジテレビの多くの番組に重用される事になる。1979年10月にはニッポン放送で『明石家さんまのオールナイトニッポン』などレギュラーをもつなど徐々に東京にも進出しはじめ、1980年代に入ると、ピン芸人にもかかわらず漫才ブームに乗っかって『THE MANZAI』等に出演していた。

1980年に吉本興業が東京に本格的に進出するために東京連絡所を設立、漫才ブームが徐々に失速する中、さんまと紳竜が先頭に立って東京での仕事を増やし始めて、『笑ってる場合ですよ』、『オレたちひょうきん族』に主要レギュラーとして出演、さらに同年放送開始の『さんまのサタデーナイトショー』(テレビ東京)で、冠番組を獲得している。1983年12月に『のんき君』(フジテレビ)でドラマ初主演を果たすなど、当時は下に見られていた東京での大阪芸人としての地位を築くとともに、大阪中心から東京中心に活躍の場を移した。しかしこの時期に仕事の量と給料が全く釣り合わず、密かに吉本を辞める決心をしていたが、東京支社長の木村政雄から吉本の看板でいて欲しいと言われ、思いとどまったという。

1984年4月からは『笑ってる場合ですよ!』後番組の『笑っていいとも!』で金曜日レギュラーとして出演。特にさんまが「10分でいいからタモリさんと雑談するだけのコーナーをしたい」とプロデューサーに頼み込み、結果として10年以上続く人気コーナーとなった。これがきっかけで1985年6月、第1回東京国際映画祭において、タモリと共に総合司会を務める。しかしその司会ぶりが「ふざけた司会者」・「ソフィー・マルソーに知っとるケと言う始末」と新聞紙面上で非難される。2回目以降も総合司会を任される予定だったが、結局1回限りで降板になった。

この時期は多忙を極め、大阪と東京を週に何往復もしていて、1985年8月12日、『MBSヤングタウン』出演のため、伊丹行きの日本航空123便に搭乗する予定だったが、搭乗前の「ひょうきん族」の収録が予定より早めに終わり、一便早い全日空の便に振り替えたためにその墜落事故を免れた。同日放送の「ヤングタウン」では、「いつも使ってる便やから…」とショックを隠せず、この経験を機に飛行機に乗れなくなってしまい、東京・大阪間の移動などは新幹線を利用するようになった。また、この経験から生まれたさんまの座右の銘が「生きてるだけで丸儲け」であり、娘IMALUの名前の由来になっている。また、笑顔のまんまの歌詞にもこの言葉が使われている。

1986年7月よりTBSテレビドラマ『男女7人夏物語』、1987年10月よりその続編である『男女7人秋物語』に主演し、いずれも最高視聴率が30%を越えるなど名実ともに国民的スターとなる。同番組で大竹しのぶと親しくなる。

1987年4月、ナムコ(現在のバンダイナムコエンターテインメント)がファミリーコンピュータ用ソフト『さんまの名探偵』を発売し、人気を博す。しかし吉本興業が本人の許可を取らずにメーカーに制作・発売を許可したため、事実を知ったのは発売後だった。

同年7月18日 - 7月19日にかけて生放送された『第1回FNS27時間テレビ・FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島』の総合司会をタモリと共に担当。深夜のコーナーでフライデー事件で謹慎していたビートたけしが登場。これをきっかけにして、タモリ・たけし・さんまで、正月にゴルフ番組をしようとする企画が生まれ、その番組のタイトルが「BIG3」となり、結果的にこの3人がBIG3とよばれるようになった。翌1988年は司会を辞退したが、1989年にも『FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島'89』の総合司会を再びタモリと共に担当した。

大竹しのぶとの結婚・離婚
1988年10月、『男女7人秋物語』の出演以降も交際が続いていた女優の大竹しのぶと結婚、翌1989年に娘のIMALUが誕生した。

1989年10月で『ひょうきん族』が放送終了すると同時に、しばらくは育児に専念するため仕事を控えるようになり、全国ネットのレギュラー番組も『笑っていいとも』、『さんまのまんま』、『あっぱれさんま大先生』のみとなり、ゴールデン帯のレギュラー番組が一時期なくなっていた。また1991年にはOVA『リリが見たやさしい虹』を原案および声優(ジョー役)として参加(リリ役は大竹)。また絵本としてもさんま名義で出版(ストーリーは脚本家の君塚良一)するなど、家庭的なイメージを見せていたが、しかしそれにより5年連続して1位だったNHKの『好きなタレント調査』で15位にまで急落するなど、一時的に人気に陰りが見えていた。

1992年9月、大竹と離婚。バブル崩壊も相まって、しばらくは8億5千万円の豪邸が中々売却できずに、「同情するなら家買って」など自虐ネタなどもギャグにしていた。結局数年後3億円まで落として売却されたため、5億円の借金が残った。そのため1992年4月から、『さんまのからくりTV(1996年4月から『さんまのSUPERからくりTV』)』、1993年4月から『さんまのナンでもダービー』、1994年4月からは『恋のから騒ぎ』がそれぞれ放送開始するなど仕事の量も増やし、前述の好感度調査も1995年には6年ぶりに1位になり、1998年以降は再び連続して1位になっている。

番組スタッフとの確執がきっかけで、1995年9月を以て金曜レギュラーとして11年半出演した『笑っていいとも!』を降板。

男女七人秋物語出演以降は、主演としてのドラマ出演も控えていたが、『恋も2度目なら』(1995年1月~3月、日本テレビ)、『その気になるまで』(1996年4月~6月、TBS)、『恋のバカンス』(1997年1月~3月、日本テレビ)、『世界で一番パパが好き』(1998年7月~9月、フジテレビ)、『甘い生活。』(1999年7月~9月、日本テレビ)など離婚後は年に一回のペースで主演を務めていた。その他では1996年1月10日にはフジテレビの田村正和主演の『古畑任三郎』シーズン2の初回スペシャルにゲスト出演し、やり手の弁護士を演じる。第1シーズンは平均視聴率は10%台半ばだったが、この放送で視聴率25%をたたき出し古畑を人気シリーズへとを高める役割を果たした。

大御所芸人として
90年代までは『いいとも』金曜日の雑談コーナーや『車庫入れ事件』に代表されるように、BIG3の立ち位置でもビートたけしとタモリにいじられる役割が多かったが、90年代後半あたりから、ナインティナインはじめ一回り以上離れている後輩芸人がどんどん出てきて、お笑いBIG3の一人として大御所の立場に変化しはじめると、後輩芸人に対してお笑いに対してよりストイックになり、そのために本番中であろうがあまりのダメ出しの多さに「めちゃイケ」にゲスト出演した際にナインティナインの岡村隆史から『お笑い怪獣』と呼ばれだしたりして、それがさんまを表す代名詞として定着した。

SMAPと親交を深め、特番はじめ年一回のレギュラーとして、2000年から2016年までは中居正広と『さんま・中居の今夜も眠れない』で共演するなど多くの番組で各メンバーと共演した。その中でも2002年の『空から降る一億の星』(フジテレビ)のW主演での共演をきっかけに、木村拓哉と特に公私ともに親交を深め、2003年からは毎年の正月特番として『さんタク』で共演を続けている。

2003年、自身としては初めての戦争ドラマに挑戦したTBSドラマの『さとうきび畑の唄』に主演し、平成15年度文化庁芸術祭テレビ部門大賞受賞作品するなど、高い評価をうけた。しかし、戦争映画特有な過酷なロケに対して自身は「もう二度と戦争ドラマには出たくない」と語っており、ドラマ内の名セリフ「こんな事をするために生まれてきたんじゃないんですよ」を自らパロディにしたりして笑い話にしたりしている。

2009年に娘のIMALUが芸能界デビュー。当初は猛反対していたが、デビューするにあたっては発表前日に突然元妻の大竹から聞かされた後は諦念し、「とにかく人の倍は努力せなあかん」とアドバイスを送った。

2012年4月8日、なんばグランド花月にて行われた、「吉本興業創業100周年特別公演・伝説の一日」の4回目に出演。大トリとして、『さんまの駐在さん』が25年ぶりに復活した。本公演には、当時のレギュラーメンバーであった月亭八方や間寛平、村上ショージ、ジミー大西の他に、今田耕司や岡村隆史、桂三枝、西川きよし、師匠の松之助など総勢51名が出演した。

還暦以降
2015年7月に還暦を迎え、還暦記念してフジテレビで『さんまでっか!?TV』、毎日放送で『痛快!明石家電視台 明石家さんま生誕年SP』などが放送され、番組はさんまのゆかりの芸人らが出演し思い出に花を咲かせた。さんまは還暦を迎えるにあたっての心境として、一時期引退も考えていた。しかし、吉本幹部はじめ芸人仲間の反対や、特に爆笑問題の太田光に「ぼろぼろになるまでやって欲しい。今辞めたらかっこよ過ぎる」などと言われ、最終的には撤回した。

還暦を越えてからテレビタレント以外の活動として、プロデューサー業にも携わるようになり、2018年にはジミー大西の半生をドラマ化した『Jimmy~アホみたいなホンマの話~』をNETFLIXでプロデュース。これまで構成や企画としての番組参加はあるが、プロデューサーとしての番組制作に携わるのは初めてだった。当初は小出恵介がさんま役を演じ、前年に実際にクランクアップまでされていたが、配信開始直前に小出が不祥事を起こしたため、お蔵入りの危険もあったが、最初にオファーされていた玉山鉄二が代役として、さんま役のシーンをすべて撮り直し再編集した形で当初予定より1年延期して2018年夏に配信された。さんま自身、本編には出演しなかったものの、毎話のオープニング解説と最終話のラスト後に制作秘話を振り返る形で出演した。なお、さんまは小出についてニューヨークまで会いに行くなど、その後も小出と親交を持っている。

2015年11月に『さんまのまんま』で共演した直木賞作家の西加奈子との縁で、彼女の小説『漁港の肉子ちゃん』の映像化の権利を取得。当初は実写映画化を考えていたが、西の希望によりアニメ化されることになり、同プロジェクトにプロデューサーとして参加。2年余りの製作期間を経て2021年6月に上映した。

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「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ」の放送内容

主なコーナー

ご長寿早押しクイズ

元々はさんまのからくりTV時代の1994年10月に開始した人気コーナーである。

「フニクリ・フニクラ」の替え歌のオープニングと同時にコーナーが始まる。

2017年までは全国予選では山本匠晃などTBSアナウンサーが出題役を務め、決勝戦は「からくりTV」時代から続いて鈴木史朗が出題役を担当した。

2018年、鈴木が80歳を迎えて「後進に譲りたい」という本人の希望から、決勝戦の司会をこれまで予選の司会を務めてきた山本に譲り勇退することとなった。

その為2018年からの決勝戦は山本匠晃(TBSアナウンサー)が担当。

なお、鈴木は2019年にスペシャルゲストとしてメインスタジオに登場した。

80歳以上の高齢者(ご長寿)の解答者が(予選では各3名、決勝戦は5名で)早押しクイズを行い、一番多く正解した解答者が優勝となる。

ある程度時間が経っても正解が出ない場合は次の問題に移るが、最終問題や同点決勝は正解が出るまで続行する。

決勝進出には、予選の正解数の成績は関係ない。

2020年は新型コロナウィルス感染症の拡大防止の為に、番組初のリモートにて収録された。

ご長寿ビデオレター

ご長寿が過去の自分に宛てたメッセージを送るコーナー。

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2022」

爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2022さんまも抱腹絶倒の爆笑珍解答連発!
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今年も1年色々ありました・・・クリスマスはご長寿GPで笑い納め!

「爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2021」について

『爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2021』
超個性的なご長寿たちが悩める若者を救う!

人気企画「熱海の夜」にバナナマン・日村勇紀、鈴木奈々、ウルフ アロン選手が登場!
日村もタジタジのパワフルご長寿たちにスタジオゲストの杉咲花、Sexy Zone・菊池風磨も大爆笑!

TBSでは12月26日(日)よる6時から『爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2021』を3時間スペシャルで放送する。
“明るいご長寿たち”が続々登場するこの番組。
今年も新型コロナウイルス感染拡大防止に注意を払いながら、日本全国の元気なご長寿たちの姿をお届けする。

個性あふれるご長寿たちが、悩める若者たちとふれあう人気企画「熱海の夜」。
今回ご長寿たちのもとを訪れたのは、休養から復帰を果たした鈴木奈々、東京オリンピック柔道男子100kg級で金メダルを獲得したウルフ アロン選手、そしてなんとスタジオゲストでもあるバナナマンの日村勇紀!

鈴木は復帰後も続く悩みを吐露…。そんな鈴木に、ご長寿たちはどのようにアドバイスしていくのか!?

そしてメダルを持参しご長寿たちを大興奮させたウルフ アロン選手は、東京オリンピックが終わった後の予想外の悩みを告白する。

さらに、バナナマンの日村が悩める若者として「熱海の夜」に登場!ご長寿たちのパワーに日村もタジタジ!?

ご長寿たちから飛び出る超個性的なアドバイスの数々に、スタジオゲストで映画「99.9-刑事専門弁護士 THE MOVIE」に出演の杉咲花、2022年1月11日(火)スタートの火曜ドラマ『ファイトソング』に出演の菊池風磨(Sexy Zone)も驚愕し思わず大爆笑! 果たしてパワフルご長寿たちは若者たちを救うことが出来るのか!? 是非楽しみにしていただきたい。

そのほか、見ればきっと年をとるのが楽しみになる、様々なコーナーが登場!
明石家さんまが贈るエンターテインメントショー! 今年も『ご長寿』で笑い納め! 3時間スペシャルをお見逃しなく!!

「ご長寿グランプリ2021」の出演者

MC:
明石家さんま

進行:
山本匠晃(TBSアナウンサー)

スタジオゲスト(※50音順):
アン ミカ
かまいたち(山内健司・濱家隆一)
菊池風磨(Sexy Zone)
佐藤栞里
杉咲 花
日村勇紀(バナナマン)

「熱海の夜」出演:
鈴木奈々
ウルフ アロン(東京オリンピック柔道男子100kg級金メダリスト)

「ご長寿グランプリ2021」Sexy Zone・菊池風磨の名前当てクイズ

12月26日18時から、TBSにて『爆笑!明石家さんまのご長寿グランプリ2021』が3時間スペシャルで放送される。

毎年大好評の“明るいご長寿たち”が続々登場。今年も新型コロナウイルス感染拡大防止に注意を払いながら、日本全国の元気なご長寿たちの姿を届ける。

スタジオゲストには豪華なメンバーが集結。歌やダンスだけでなく、近年はバラエティ番組でも大活躍、アイドルの限界を超えた“限界突破アイドル”Sexy Zoneの菊池風磨や、抜群の演技力を誇り多くの話題作に出演する女優の杉咲花をはじめ、アンミカ、かまいたち、佐藤栞里、バナナマンの日村勇紀を迎えて賑やかに送る。

大人気の恒例企画「ご長寿早押しクイズ」は今年もリモートで開催。リモートならではの奇跡的な答えが続出した前回をさらに超える珍解答の嵐が! “芸能人名前当てクイズ”では、スタジオゲストの名前を当てる問題が出題され、菊池がクイズのお題になると「ジャニーズのメンバー」「菊池……」という惜しい答えが出たものの、最強ご長寿たちの解答はまたたく間に脱線し始める。「菊池……風……和風」「菊池……ミラノ風鶏そぼろ」など、想像をはるかに超える衝撃の珍解答が炸裂! たたみかける衝撃の迷&珍解答に、菊池も思わず「今日から菊池◯◯にします!」と改名宣言!?

さらに、アンミカを「社長のお気に入り」、かまいたちを「今年いちばん惨めなふたり」、日村を「ハム工場の2代目」など、芸人顔負けの“大喜利力”に山内、濱家、日村の3人が思わず「天才!」と声を漏らす場面も。

さんまは「答えを聞いているうちに問題が何かわからんくなる(笑)」と抱腹絶倒。序盤からハイレベルで大波乱の展開に、アンミカも「まだ予選!? 顔が痛い……」と笑い疲れた様子でスタジオが爆笑の渦に包まれた。

さらに、人気企画の「ご長寿ビデオレター」では、過去の自分に贈る爆笑メッセージはもちろん、ほろりと泣ける感動のビデオレターが登場。菊池は「イチ視聴者として大好きなコーナーで、60年後の自分に言われていると思いながら観ていました」と語り、人生経験豊富なご長寿の言葉に舌を巻いた。ご長寿たちの若かりし頃の淡い恋の話や、仕事で苦労した話、さらには、初めて“ある調味料”を口にした日のことなど、様々な爆笑&感動のビデオレターが贈られた。102歳のご長寿が、還暦を迎えた当時の自分に向けて「60歳はまだまだひよっこ!」と贈ったメッセージには、ゲスト一同から「かっこいい!」と感嘆の声があがった。人生を楽しく生き抜くためのたくさんのヒントが詰まった「ご長寿ビデオレター」は必見だ。
 
 
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希空

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