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【動画】あんたの夢をかなえたろか2023の見逃し配信無料視聴方法!

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【動画】あんたの夢をかなえたろか2023の見逃し配信無料視聴方法!

TBSで放送されているバラエティ番組「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル2023」の見逃し配信を無料視聴する方法を紹介したいと思います。動画配信といえばTVer(ティーバー)やGYAO!(ギャオ)などが思い浮かびますが、無料動画配信はそれらのサービスが全てではありません。

今回ご紹介する「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」の動画配信なのですが、動画配信サービス「Paraviパラビ」で配信されております。

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それでは「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」について紹介していきたいと思います。

「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル2023」木村拓哉、一夜限りのBeautiful Life

歌手で俳優の木村拓哉が、2023年1月9日放送のTBS系バラエティー『さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP2023』(後7:00)に出演する。番組公式サイトなどに寄せられた5000件を超える“かなえたい夢”の中から「夫を木村拓哉に会わせてあげたい」という夢をかなえるべく、立ち上がる。

明石家さんま&中村玉緒の名コンビによる恒例のお正月番組は今年で29年目。これまでも“テレビの力で人々の夢を叶えたい!”というコンセプトのもと、笑いと感動を与えてきた。今回は「“多様な”夢」をテーマに、今だからこそかなえられる夢を番組が知恵をしぼって実現していく。

応募した女性の夫は、木村が美容師役を演じ、平成最高の視聴率41.3%(※放送当時)を記録した大人気ドラマ『Beautiful Life ~ふたりでいた日々~』がきっかけで自身も美容師を志したほど。劇中に出てくる木村が働いていた「HOT LIP」と同じ名前のお店を自身で開業するほどの、熱狂的な木村ファンだという。

「夫の夢をかなえてあげたい」という彼女の熱く優しい思いを知った木村は、ある行動に。数々のサプライズを重ね、“夢”実現を行う今回のプロジェクトは『夢スペ』史上最大級の規模に。その中の1つとして、一夜限りの『Beautiful Life』が復活する。テレビの力、エンターテインメントの力が生み出した笑いと涙の『Beautiful Life』プロジェクトの結末とは。

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「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」の詳細

ここから、記事を全て読んでいただくのも嬉しい限りですが、記事が何分長いので、気になるところにジャンプ出来るように、それぞれのネタバレを項目ごとに用意しました!

気になる箇所へ飛んでみてくださいませ!

・番組情報についてはこちらから

・番組出演者はこちらから

・番組内容ついてはこちらから

「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」の概要

「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろか」は、1995年1月からTBS系列で毎年正月に放送されているバラエティ特番。

司会を務める明石家さんまと中村玉緒の冠番組。

通称は『さんま・玉緒の夢スペ』『あんたの夢をかなえたろか』。

明石家さんまと中村玉緒の2名がさまざまな人の誰もが持つ「夢」を叶える特別バラエティ番組であり、ドキュメンタリー番組でもある。

TBSが全国各地に番組制作スタッフを派遣し「1度でいいからかなえてみたいこと」「実現してみたいこと」を道行く人々に街頭でインタビューを実施。

「男の夢」「子どもの夢」「逢いたい」「若者の夢」「女子高校生の夢」等のカテゴリーにくくられた後、その中から1つ(もしくは2つ)をどんなに規模が大きかったり一見実現が不可能そうな夢でもかなえるというものである。

通常は事前にVTRに収録されるが、その内容はドキュメンタリーのような作りとなっている。

夢の内容によっては、出演者の集うスタジオで実現・披露することもある。

2012年の放送のみ、夢を実現する対象を女子高生に限定して放送した。

2000年までは正月三が日での放送で、2001年から2009年までは三が日明けの放送になっていたが、2010年は10年ぶりに三が日中の1月3日に放送された。

かつては『さんまのSUPERからくりTV』の特別版の扱いとなっており、基本的には年末年始休暇の最終日、2010年代に入ってからは新年最初の日曜日に放送されることが多い。

当番組の制作スタッフには『からくりTV』のスタッフが数多く携ってきた。

『からくりTV』は2014年9月をもって終了したが、本番組は2015年以降も継続している。

2016年には当番組初となる月曜日(成人の日)に放送された。

以降は成人の日に放送が続いている。

モデルの大場純子はこの番組がきっかけでデビューした。

夢の決定・抽選は、当初はさんまと玉緒がコスプレをしルーレットを回して止まった夢の内容を決めていたが、2001年からそれがなくなりスタッフが事前に演出などを考慮して決めるようになり、VTRに入る前にCGで映された自由の女神像をバックにテロップで発表されている(2つ以上かなえる場合はこのパターンではない場合もある)。

1995年 - 2000年の5年間はメイン司会のさんまが全体進行を務めていたが(スタジオトーク・VTR振りを含めてすべてさんま)、2001年からは進行とVTR振りを担当するアナウンサーとして安住紳一郎がさんまのアシスタントを務めている。

公式ホームページは一時閉鎖された時期があったが、再開されている。

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「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」の出演者

「明石家さんま」について

「明石家さんま」は、日本のお笑いタレント・司会者・俳優。

吉本興業所属。本名:杉本 高文(すぎもと たかふみ)。番組企画や構成等では、本名名義でクレジットされることもある。

和歌山県東牟婁郡古座町(現在の串本町)生まれ、奈良県奈良市出身。

落語家を志して2代目笑福亭松之助の弟子となり、高座名・笑福亭さんまとしてデビューするが、師匠の推薦でタレントに転向し、屋号を明石家に変えた。その後は1970年代後半から現在まで芸能界の第一線で活躍を続けている国民的お笑いスターの1人であり、ビートたけし・タモリと並び「お笑いBIG3」と称される。

1955年に和歌山県串本町の水産加工業の次男として生まれる。3歳の時に奈良県に転居し、出身小学校である奈良市立鼓阪小学校には、小学生当時に捕まえたムササビが展示されている。また、当時は「ムササビを捕まえた少年」として話題になった。教師の薦めで東大寺学園中学校を受験したが不合格となり、その後奈良市立三笠中学校に進学した。奈良県中学生相撲大会で2位になったことがある。中学時代は同級生2人と「アーアーズ」といういたずらグループを結成し、遊びに興じていたという。 また植木等のモノマネをしていた。

奈良商業高校時代もクラブ活動はサッカー部に所属したものの、決して真面目な生徒ではなく何度も別のクラスの授業を悪戯で妨害するなどで学校中の人気者となり、さんま自身も「自分の頂点は17歳」と公言している。当然教師からは目の敵にされ、高校3年の運動会で徒競走で逆走した際に、それに怒った教師にPTAなどの前で追い掛け回されたりするなどのエピソードがある。 またクラスメイトの前で桂三枝の落語のコピーや自身の新作漫談もよく披露し、ある英語教師も授業を時々中断してはそれを黙認していた。そしてその才能に驚いた教師に「杉本、おまえ、吉本入れ」と言われ、徐々に芸能界に興味を持つようになった。 奈良商業高校時代は授業を抜け出してパチンコに興じ、得た収入を仲間に分配していた。

弟子入り
1974年2月、高校3年の時に笑福亭松之助に弟子入り。入門の動機は、花月劇場で見た松之助の新作落語が面白かったからだという。初めて顔を合わせた際、松之助に「なぜ僕を選んだのか」と入門の理由を問われたさんまは「センスがよろしいから」と、素直な気持ちを伝えたつもりだったが、これに対し松之助は「そら、おおきに」と返答。この日すぐ松之助はさんまを自身の仕事先であるラジオ局に連れて行った。

高校卒業後の3月に正式に内弟子修行を開始。入門生活は丸刈りにされること以外はあまり厳しくなく、放任主義だった。高座名は「笑福亭さんま」が与えられた。

しかし半年もしないうちに内弟子修行を放り出して、当時交際していた女性と共に上京し、東京で一旗揚げようと試みる(いわゆる「さんま駆け落ち事件」)。しかし、東京での生活はうまくいかず、さんまは一時帰阪した際、松之助から借りていた本を返すという口実で、松之助宅を訪ねたが、松之助はさんまを一切叱ることなく、明るい声でさんまを激励した。このときは正式な弟子復帰に至らなかったが、松之助は「さんまが帰ってくるから、よろしゅう頼むわなぁ」と上方落語界や吉本興業への根回しをしており、直後にさんまと交際していた女性が別の男性と結婚し、さんまは内弟子修行に戻ることを決意して、なんば花月の松之助の楽屋を訪ねた際、松之助は「何もいうな、ついてこい!」と、師弟で初めて食事に行ったラーメン店にさんまを連れ出した。その後笑福亭のままでは反発があると、松之助の計らいでそれまで屋号を名乗っていた笑福亭ではなく「明石家さんま」として再出発した。

関西ローカル時代
1976年1月15日放送のよみうりテレビ制作の『11PM(大阪イレブン)』にて生放送された、20歳を迎える上方落語家をスタジオに集めてトークする企画「20歳の性熟度ピンクテスト」に出演。松之助は着物ではなく「赤いブレザーを着ていけ」と指示し、出演者の多くが着物姿の中、指示に従って営業用の赤いブレザーを着用して放送に臨み、よく喋ったさんまは目立った存在だったという。これがさんまのテレビデビューだった。

弟子になってから2年が経ち、通い弟子を卒業したさんまだが、テレビの出演オファーは全く無く、不定期の花月劇場の出番と落語会の出番の他、同期の島田紳助とイベント司会などの営業活動を行なっていたのみで、ほぼ毎日のように先輩芸人の森啓二とナンバ五郎(のちのMr.オクレ)とプラプラしてるだけだったという。ある日、毎日放送の『スタジオ2時』の企画「若手漫才選手権」に兄弟子の明石家小禄と漫才コンビとして出場を打診され、他に仕事もなく、松之助の助言もあり出場。小禄との漫才では、巨人の1番柴田から8番河埜までの選手の形態模写を順番に披露し、最後に巨人のエース小林繁の投球フォームを披露するネタが客にウケ、徐々に人気が高まった。その事もあり1976年の大晦日にフジテレビ『小川宏ショー』に出演。前述の形態模写で同年に活躍したスポーツ選手ネタだったが、これが東京での初仕事となった。翌1977年2月からうめだ花月に漫才コンビとして出るようになり、吉本興業から「アトム・スリム」として正式にデビューを打診されるが、さんまはピンで売れたい気持ちが強く拒否し事実上のコンビ解消となった。同時期に島田紳助からも漫才コンビを組む事を打診されるが拒否し、代わりに松本竜介を紳助に紹介し「紳助・竜介」結成に大きな役割を果たしている。

1977年10月にはB&B、のりお・よしお、ザ・ぼんちらとのコントユニット「ビールス7」を結成し、花月の舞台に定期的に出演していた。それらの活動が桂三枝の目に留まり、彼が司会する毎日放送の人気番組『ヤングおー!おー!』に抜擢。三枝の愛称「サニー」にあやかって「チャッピー」と愛称を付けられ、三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわし、林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍の番組内ユニット「ザ・パンダ」を改編して、さんまを加入させた「サニーズ・オオサカスペシャル(S.O.S)」を立ち上げ、諸先輩を差し置いて1コーナーを任されるまでになる。その流れで1978年10月には『MBSヤングタウン』の桂三枝のアシスタントに抜擢。さらに同じ頃にプロ野球において「空白の一日」事件が起こり、巨人の小林繁が阪神に移籍すると、前述の小林の形態模写が再び脚光を浴びて、同形態模写をモチーフにしたレコードを出し、大ヒットするなど関西を中心にアイドル的な人気となる。

全国区のスターに
1978年のフジテレビ正月特番『はつもうで、三枝の爆笑ヒットパレード』に出演。その番組のスタッフだった横澤彪や三宅恵介との出会いから『スター千一夜』をはじめ、その後も両者が担当するフジテレビの多くの番組に重用される事になる。1979年10月にはニッポン放送で『明石家さんまのオールナイトニッポン』などレギュラーをもつなど徐々に東京にも進出しはじめ、1980年代に入ると、ピン芸人にもかかわらず漫才ブームに乗っかって『THE MANZAI』等に出演していた。

1980年に吉本興業が東京に本格的に進出するために東京連絡所を設立、漫才ブームが徐々に失速する中、さんまと紳竜が先頭に立って東京での仕事を増やし始めて、『笑ってる場合ですよ』、『オレたちひょうきん族』に主要レギュラーとして出演、さらに同年放送開始の『さんまのサタデーナイトショー』(テレビ東京)で、冠番組を獲得している。1983年12月に『のんき君』(フジテレビ)でドラマ初主演を果たすなど、当時は下に見られていた東京での大阪芸人としての地位を築くとともに、大阪中心から東京中心に活躍の場を移した。しかしこの時期に仕事の量と給料が全く釣り合わず、密かに吉本を辞める決心をしていたが、東京支社長の木村政雄から吉本の看板でいて欲しいと言われ、思いとどまったという。

1984年4月からは『笑ってる場合ですよ!』後番組の『笑っていいとも!』で金曜日レギュラーとして出演。特にさんまが「10分でいいからタモリさんと雑談するだけのコーナーをしたい」とプロデューサーに頼み込み、結果として10年以上続く人気コーナーとなった。これがきっかけで1985年6月、第1回東京国際映画祭において、タモリと共に総合司会を務める。しかしその司会ぶりが「ふざけた司会者」・「ソフィー・マルソーに知っとるケと言う始末」と新聞紙面上で非難される。2回目以降も総合司会を任される予定だったが、結局1回限りで降板になった。

この時期は多忙を極め、大阪と東京を週に何往復もしていて、1985年8月12日、『MBSヤングタウン』出演のため、伊丹行きの日本航空123便に搭乗する予定だったが、搭乗前の「ひょうきん族」の収録が予定より早めに終わり、一便早い全日空の便に振り替えたためにその墜落事故を免れた。同日放送の「ヤングタウン」では、「いつも使ってる便やから…」とショックを隠せず、この経験を機に飛行機に乗れなくなってしまい、東京・大阪間の移動などは新幹線を利用するようになった。また、この経験から生まれたさんまの座右の銘が「生きてるだけで丸儲け」であり、娘IMALUの名前の由来になっている。また、笑顔のまんまの歌詞にもこの言葉が使われている。

1986年7月よりTBSテレビドラマ『男女7人夏物語』、1987年10月よりその続編である『男女7人秋物語』に主演し、いずれも最高視聴率が30%を越えるなど名実ともに国民的スターとなる。同番組で大竹しのぶと親しくなる。

1987年4月、ナムコ(現在のバンダイナムコエンターテインメント)がファミリーコンピュータ用ソフト『さんまの名探偵』を発売し、人気を博す。しかし吉本興業が本人の許可を取らずにメーカーに制作・発売を許可したため、事実を知ったのは発売後だった。

同年7月18日 - 7月19日にかけて生放送された『第1回FNS27時間テレビ・FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島』の総合司会をタモリと共に担当。深夜のコーナーでフライデー事件で謹慎していたビートたけしが登場。これをきっかけにして、タモリ・たけし・さんまで、正月にゴルフ番組をしようとする企画が生まれ、その番組のタイトルが「BIG3」となり、結果的にこの3人がBIG3とよばれるようになった。翌1988年は司会を辞退したが、1989年にも『FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島'89』の総合司会を再びタモリと共に担当した。

大竹しのぶとの結婚・離婚
1988年10月、『男女7人秋物語』の出演以降も交際が続いていた女優の大竹しのぶと結婚、翌1989年に娘のIMALUが誕生した。

1989年10月で『ひょうきん族』が放送終了すると同時に、しばらくは育児に専念するため仕事を控えるようになり、全国ネットのレギュラー番組も『笑っていいとも』、『さんまのまんま』、『あっぱれさんま大先生』のみとなり、ゴールデン帯のレギュラー番組が一時期なくなっていた。また1991年にはOVA『リリが見たやさしい虹』を原案および声優(ジョー役)として参加(リリ役は大竹)。また絵本としてもさんま名義で出版(ストーリーは脚本家の君塚良一)するなど、家庭的なイメージを見せていたが、しかしそれにより5年連続して1位だったNHKの『好きなタレント調査』で15位にまで急落するなど、一時的に人気に陰りが見えていた。

1992年9月、大竹と離婚。バブル崩壊も相まって、しばらくは8億5千万円の豪邸が中々売却できずに、「同情するなら家買って」など自虐ネタなどもギャグにしていた。結局数年後3億円まで落として売却されたため、5億円の借金が残った。そのため1992年4月から、『さんまのからくりTV(1996年4月から『さんまのSUPERからくりTV』)』、1993年4月から『さんまのナンでもダービー』、1994年4月からは『恋のから騒ぎ』がそれぞれ放送開始するなど仕事の量も増やし、前述の好感度調査も1995年には6年ぶりに1位になり、1998年以降は再び連続して1位になっている。

番組スタッフとの確執がきっかけで、1995年9月を以て金曜レギュラーとして11年半出演した『笑っていいとも!』を降板。

男女七人秋物語出演以降は、主演としてのドラマ出演も控えていたが、『恋も2度目なら』(1995年1月~3月、日本テレビ)、『その気になるまで』(1996年4月~6月、TBS)、『恋のバカンス』(1997年1月~3月、日本テレビ)、『世界で一番パパが好き』(1998年7月~9月、フジテレビ)、『甘い生活。』(1999年7月~9月、日本テレビ)など離婚後は年に一回のペースで主演を務めていた。その他では1996年1月10日にはフジテレビの田村正和主演の『古畑任三郎』シーズン2の初回スペシャルにゲスト出演し、やり手の弁護士を演じる。第1シーズンは平均視聴率は10%台半ばだったが、この放送で視聴率25%をたたき出し古畑を人気シリーズへとを高める役割を果たした。

大御所芸人として
90年代までは『いいとも』金曜日の雑談コーナーや『車庫入れ事件』に代表されるように、BIG3の立ち位置でもビートたけしとタモリにいじられる役割が多かったが、90年代後半あたりから、ナインティナインはじめ一回り以上離れている後輩芸人がどんどん出てきて、お笑いBIG3の一人として大御所の立場に変化しはじめると、後輩芸人に対してお笑いに対してよりストイックになり、そのために本番中であろうがあまりのダメ出しの多さに「めちゃイケ」にゲスト出演した際にナインティナインの岡村隆史から『お笑い怪獣』と呼ばれだしたりして、それがさんまを表す代名詞として定着した。

SMAPと親交を深め、特番はじめ年一回のレギュラーとして、2000年から2016年までは中居正広と『さんま・中居の今夜も眠れない』で共演するなど多くの番組で各メンバーと共演した。その中でも2002年の『空から降る一億の星』(フジテレビ)のW主演での共演をきっかけに、木村拓哉と特に公私ともに親交を深め、2003年からは毎年の正月特番として『さんタク』で共演を続けている。

2003年、自身としては初めての戦争ドラマに挑戦したTBSドラマの『さとうきび畑の唄』に主演し、平成15年度文化庁芸術祭テレビ部門大賞受賞作品するなど、高い評価をうけた。しかし、戦争映画特有な過酷なロケに対して自身は「もう二度と戦争ドラマには出たくない」と語っており、ドラマ内の名セリフ「こんな事をするために生まれてきたんじゃないんですよ」を自らパロディにしたりして笑い話にしたりしている。

2009年に娘のIMALUが芸能界デビュー。当初は猛反対していたが、デビューするにあたっては発表前日に突然元妻の大竹から聞かされた後は諦念し、「とにかく人の倍は努力せなあかん」とアドバイスを送った。

2012年4月8日、なんばグランド花月にて行われた、「吉本興業創業100周年特別公演・伝説の一日」の4回目に出演。大トリとして、『さんまの駐在さん』が25年ぶりに復活した。本公演には、当時のレギュラーメンバーであった月亭八方や間寛平、村上ショージ、ジミー大西の他に、今田耕司や岡村隆史、桂三枝、西川きよし、師匠の松之助など総勢51名が出演した。

還暦以降
2015年7月に還暦を迎え、還暦記念してフジテレビで『さんまでっか!?TV』、毎日放送で『痛快!明石家電視台 明石家さんま生誕年SP』などが放送され、番組はさんまのゆかりの芸人らが出演し思い出に花を咲かせた。さんまは還暦を迎えるにあたっての心境として、一時期引退も考えていた。しかし、吉本幹部はじめ芸人仲間の反対や、特に爆笑問題の太田光に「ぼろぼろになるまでやって欲しい。今辞めたらかっこよ過ぎる」などと言われ、最終的には撤回した。

還暦を越えてからテレビタレント以外の活動として、プロデューサー業にも携わるようになり、2018年にはジミー大西の半生をドラマ化した『Jimmy~アホみたいなホンマの話~』をNETFLIXでプロデュース。これまで構成や企画としての番組参加はあるが、プロデューサーとしての番組制作に携わるのは初めてだった。当初は小出恵介がさんま役を演じ、前年に実際にクランクアップまでされていたが、配信開始直前に小出が不祥事を起こしたため、お蔵入りの危険もあったが、最初にオファーされていた玉山鉄二が代役として、さんま役のシーンをすべて撮り直し再編集した形で当初予定より1年延期して2018年夏に配信された。さんま自身、本編には出演しなかったものの、毎話のオープニング解説と最終話のラスト後に制作秘話を振り返る形で出演した。なお、さんまは小出についてニューヨークまで会いに行くなど、その後も小出と親交を持っている。

2015年11月に『さんまのまんま』で共演した直木賞作家の西加奈子との縁で、彼女の小説『漁港の肉子ちゃん』の映像化の権利を取得。当初は実写映画化を考えていたが、西の希望によりアニメ化されることになり、同プロジェクトにプロデューサーとして参加。2年余りの製作期間を経て2021年6月に上映した。

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「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル」の放送内容

「あんたの夢をかなえたろかスペシャル2022」について

1月10日19時よりTBSで放送される「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP2022」に、尾田栄一郎「ONE PIECE」によって人生が変わったというインド人の男性が“夢の当選者”として出演する。

男性は“世界三大難関”と呼ばれる大学に現役合格を果たした秀才。「ONE PIECE」がきっかけで夢の大切さに気付き、ついには来日を果たしたという。その男性の願いは恩人の尾田に感謝を伝えること。番組では同じく「ONE PIECE」好きというずんの飯尾和樹を夢の届け人として、「『ONE PIECE』夢の冒険ツアー」を行った。

ツアーでは「ONE PIECE」を発行する集英社に訪問。TVアニメで主人公・ルフィ役を務める田中真弓も登場し、週刊連載で多忙な尾田から託されたという“お返事”を届ける。その中では、尾田の熱い計らいに田中が思わず涙する場面も。尾田とプライベートで親交があるという司会の明石家さんまをはじめ、スタジオの面々もその展開に驚く。

■ 「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP2022」
放送日時:2022年1月10日(月・祝)19:00~21:00
放送局:TBS

「あんたの夢をかなえたろかスペシャル2022」NiziU、8歳のファンと対面し涙するメンバーも

TBSでは1月10日(月・祝)よる7時から「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP2022」を2時間スペシャルで放送する。

明石家さんま&中村玉緒の名コンビで贈る恒例のお正月番組も今年でなんと28年目! これまでもテレビの持つプラスの力を集結して、人々の夢を叶えたい!というコンセプトのもと、毎年笑いと感動を与えてきた『夢スペシャル』。2022年新春に放送する今回は「人生を変える夢」と題し、今だからこそ叶えられる夢を番組が知恵をしぼって実現する。

日本国内外で人気の9人組ガールズグループが、夢の実現に一役買ってくれた。デビューから1ヶ月足らずで「NHK紅白歌合戦」に出場し、プレデビュー曲「Make you happy」のミュージックビデオの再生回数が2憶8千万回を超えるNiziU。なんと、1人のファンと直接対面するのは、この番組が初めてという彼女たちだが、「大好きなNiziUに会いたい!」という8歳の小学生の女の子の夢を快く受けてくれた。

夢に当選した少女は、NiziUの情報を集めたノートを手作りし、人気楽曲「Make you happy」のメンバーそれぞれのパートを一人で踊ってMV風動画を自作するほどの大ファン。「もし本当に会えたら気絶しちゃうかも」と心配する純粋な少女のために、スタッフは当選の報告もひと工夫。「NiziUの気分を味わえる夢プロジェクトオーディション」と題したサプライズ当選発表を行った。

対面当日、喜びと緊張感が入り混じった表情で、メンバー9人が待つ部屋の扉を開ける。憧れのNiziUと過ごす夢のような時間に、喜びを爆発させる少女の姿に、思わず涙するメンバーも! 少女のNiziU愛に感激が止まらないNiziUメンバーの様子にも注目だ。

さらに、新曲「Chopstick」のダンス指導をメンバーから直接受けた少女がスタジオに登場し練習の成果を披露。本家仕込みのダンスと彼女のかわいいキャラクターに出演者全員がメロメロ? 感動と大爆笑の夢の実現に期待が高まる。

他にも、番組では「憧れの落とし穴に落ちてみたい!」「Snow Manと一緒に踊りたい」「漫画『ONE PIECE』作者・尾田栄一郎先生に感謝を伝えたい!」など数々の「人生を変える夢」実現の瞬間をお届け。笑いあり、涙ありの2時間スペシャル、こんな時だからこそ『夢スペシャル』が日本中に夢と笑顔を届ける。
 
 
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希空

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