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【動画】東西笑いの殿堂2023の見逃し配信を無料視聴!再放送は?

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【動画】東西笑いの殿堂2023の見逃し配信を無料視聴!再放送は?

NHKで放送されている「新春生放送!東西笑いの殿堂2023」の見逃し配信を無料視聴する方法を紹介したいと思います。動画配信といえばTVer(ティーバー)やGYAO!(ギャオ)などが思い浮かびますが、無料動画配信はそれらのサービスが全てではありません。

今回ご紹介する「東西笑いの殿堂」の動画はすぐには配信されませんが、動画配信サービス「U-NEXT」で配信されます。

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それでは「東西笑いの殿堂」について紹介していきたいと思います。

「東西笑いの殿堂2023」

新春生放送!東西笑いの殿堂2023
NHK放送センターと東西4か所の寄席から生放送。爆笑問題、中川家、阪神・巨人、桂文珍、ナイツ、和牛、ウエストランド、ミルクボーイ、錦鯉、ビスケットブラザーズ他

生放送で送る、笑いのオ―ルスター。漫才・コントから落語まで35組をこえる出演者。NHK放送センターと新宿・上野・なんば・心斎橋の寄席からお届けします。▽爆笑問題、中川家、桂文珍、オール阪神・巨人、和牛、ミルクボーイ、ナイツ、ウエストランド、錦鯉、柳家喬太郎、神田伯山、桂宮治、ザ・ぼんち、西川のりお・上方よしお、U字工事、三拍子、なすなかにし、ビスケットブラザーズ、ダイヤモンド、すゑひろがりずほか

「新春生放送!東西笑いの殿堂2023」の出演者

【司会】爆笑問題,中川家,【出演】オール阪神・巨人,桂文珍,和牛,ミルクボーイ,ナイツ,錦鯉,神田伯山,柳家喬太郎,ザ・ぼんち,U字工事,なすなかにし,ビスケットブラザーズ,ダイヤモンドほか

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「新春生放送!東西笑いの殿堂」の詳細

ここから、記事を全て読んでいただくのも嬉しい限りですが、記事が何分長いので、気になるところにジャンプ出来るように、それぞれのネタバレを項目ごとに用意しました!

気になる箇所へ飛んでみてくださいませ!

・番組情報についてはこちらから

・番組出演者はこちらから

・番組内容ついてはこちらから

「新春生放送!東西笑いの殿堂」の概要

「新春生放送!東西笑いの殿堂」は、「初笑い東西寄席」から変更された名称で、NHK総合テレビで毎年1月3日に生放送される年始特別番組。1994年放送開始。

番組の源流は1950年代中盤より『初笑い寄席中継』として開始後、東京、大阪の各演芸場から高座の模様を放送。その後、東西で別番組の時代も経て本番組に至った。
東京・大阪4箇所の寄席・演芸場からの中継でお笑い、漫才、落語などの寄席の模様を放送している。 2014年までは司会者陣が寄席の前に陣取り番組進行を行なっていた。

2021年の中継地は下記の通り(中継順)。

なんばグランド花月(主に吉本興業(大阪吉本)所属の漫才師・タレントが出演)
鈴本演芸場(落語協会所属の落語家などが出演。浅草演芸ホールと隔年で中継)
新宿末廣亭(落語芸術協会所属の落語家などが出演)
DAIHATSU 心斎橋角座(2019年より。主に松竹芸能所属の漫才師・タレントが出演。浪花座、NHK大阪ホール、B1角座、通天閣劇場TENGEKI、道頓堀角座からだったこともある)

2015年に放送時間が従来より45分延長され、以前の完全な寄席・演芸場からの放送から、NHK放送センター112スタジオをキーステーションに各会場と繋ぐ体制へと番組がリニューアルされた。

それに伴い、これまで物理的に出演できなかった五代目円楽一門会、落語立川流および米朝事務所の落語家も出演するようになり、112スタジオで芸を披露する。またNHK新人お笑い大賞・新人落語大賞の優勝者も、優勝特典として同様に112スタジオで芸を披露するように。

総合司会兼東側キャプテンとして爆笑問題、西側キャプテンとして中川家が司会者席に陣取る。

スタジオ出演者の東西チーム分けは、活動拠点、出身地などにより適宜設定されており、その点は司会者が突っ込んでいる場面も多い。

終盤はトリ前に東側・爆笑問題と西側・中川家が漫才を披露した後、東西の漫才界の大御所が大トリを飾る。

112スタジオからの放送となって以降は、太田の意向で最後に東西いずれかの勝利を決めるようにしているが、観覧者による判定など方法は様々で、勝敗も「両軍勝利」「引き分け」などと明確にはしない。

2017年よりタイトルを現在の『新春生放送!東西笑いの殿堂』に変更。タイトルの末尾にはその年の西暦が入る。放送時間は13:05 - 17:00(15時台はじめにニュースによる中断が5分あり)と、2016年までより約1時間繰り下げた。

2021年は新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、無観客での放送となった。

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「新春生放送!東西笑いの殿堂」の出演者

「爆笑問題」について

「爆笑問題」は、タイタンに所属する太田光と田中裕二からなる日本のお笑いコンビ、司会者。略称は爆問、爆笑(さん)など。

日本大学芸術学部(日芸)演劇学科の在学中に出会い、中退後の1988年3月にコンビを結成。

コンビ結成以前、1984年に演劇ユニット『クレイジードッグス』というユニットに2人で参加していた時期があった。後にユニットは解散したため、爆笑問題を結成することになる。

暦年の年齢は同じだが田中の方が早生まれであるため、1学年上となっている。太田は大東文化大学第一高等学校から現役で、田中は東京都立井草高等学校から一浪で日芸の演劇学科に合格して同期生となる。

渡辺正行主催のラ・ママ新人コント大会でデビュー、その場で太田プロにスカウトされる。1988年7月12日放送のフジテレビの深夜番組『笑いの殿堂』でテレビデビュー。以降順調にレギュラーを増やし、若手芸人のホープとなる。ショートコント全盛の時代に、「進路指導室」「東京の不動産屋」などの作り込まれたコントで注目を集めるが、次第に漫才を主体とするようになる。太田の毒に満ちたボケと田中のストレートなツッコミという正統的漫才で人気を集めた。

1990年に太田プロから独立し「スパイシーフルーツ」へ所属。理由はスカウトした人物に唆されたのと、自らがやりたい仕事をやりたかったことが挙げられている。しかしこの独立は一方的に辞める形だったため太田プロの怒りを買い、一時的に仕事がなくなりテレビからも姿を消す。

このことで、「ブレイク前に将門の首塚にドロップキックをしたことがあり、そのせいでしばらくの間まったく仕事が来なかった」という噂を生んだ。ただし、所属事務所の社長で太田の妻・太田光代は「テレビ番組の企画で、太田が首塚に失礼なこと」をした事実は認めているが、伝説との関係は否定している。当時のことについては「自分たちが全面的に悪かった」「面白ければ仕事がなくなることはないだろうと思っていた」と語っている。

またこの時期、田中は主にコンビニエンスストア(ミニストップ)のアルバイトで、太田は妻の太田光代のアルバイトやパチンコ・パチスロでの稼ぎで生計を立てていた。

太田は暗算が非常に苦手で、レジのバイトをすると客から苦情を言われないようにと釣銭を多く渡すなどまともにアルバイトせず、借金取りから逃げるために居留守を使う目的で家に引き篭りファミコン漬けの日々だった。また、田中が売れ残ったコンビニ弁当を届ける際にも顔を出さなかった。

一方の田中は実家に住んでいたため生活に困る事はなく、アルバイトの方も「このまま社員にならないか」と声をかけられるほどの仕事ぶりであった。しかし、3年間全く仕事がなかったわけではなく、テレビは事務所の力関係のないNHKとテレビ東京の番組への出演が中心となり、俳優業なども行いオムニバスドラマ番組『悪いこと』では脚本(太田)・出演(太田、田中)、オムニバス映画『バカヤロー!4』(森田芳光プロデュース)の中の1本では監督(太田)を務めた。また、お笑い活動では営業として数多くの予餞会でネタを披露した。自称「日本一予餞会に出た芸人」。

1993年に自らの芸能事務所「タイタン」を設立。社長には元芸人で太田の妻の太田光代が就き、同年NHK新人演芸大賞を受賞。1994年には、『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』(テレビ朝日系)で10週勝ち抜き初代チャンピオンになり再ブレイクのきっかけを果たした。『タモリのSuperボキャブラ天国』(フジテレビ系)の「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」に出演。この番組でネプチューン、海砂利水魚をはじめとする当時キャブラーと呼ばれた若手芸人たちの出世頭となり、再ブレイクのきっかけをつかむ。『黄金ボキャブラ天国』では初代名人に。当時のキャッチフレーズは「不発の核弾頭」。

普段のネタは太田が書いているが、『ボキャブラ』のネタは田中がほとんど書いていた。そもそも田中が作っていたのはダジャレの部分だけで、そのダジャレを際立たせるコント部分は太田が作っていた。

2008年、コンビ結成20周年。2月発売の『Quick Japan』76号(太田出版)に吉田豪によるロングインタビューが掲載。また、テレビ朝日系で同年6月25日・26日に「爆笑問題結成20周年記念 2夜連続特別企画」として、『今すぐ使える豆知識 クイズ雑学王』および『爆笑問題の検索ちゃん』の2時間特番が放送された。

2018年、コンビ結成30周年。それを記念して8月30日・31日・9月1日の3日間開催された単独ライブ『O2-T1』では漫才を一切行わず太田の脚本によるストーリー性のある5つのコントのみで構成。「病院の待合室」「数字男」「二人の兵士」「医者と患者」「爆チュー問題」が披露され、それぞれ別個のコントでありながら一つ一つがストーリーとして繋がっていくスタイルを採用した。

「爆笑問題」のエピソード

2人の出会いは日本大学芸術学部の試験会場であり、試験会場で試験官を茶化していた太田を見た田中は「関わり合いになりたくない」と思っていた(とはいえ田中は、どうせ合格出来ないだろうと思い、試験当日は直前まで草野球をしていたため、野球のユニフォームを着て受験に臨んでいた)。入学後、大学のトイレで再会し、「こいつも合格していたのか」と思い太田に話しかけた所、太田は受験会場の様子とは全く違い、律儀な受け答えをしていた。また、太田が入学後の最初の授業でも騒ぎ、他の生徒達を盛り上げたが、田中はその雰囲気に乗らなかった。

日本大学芸術学部時代の取得単位は、2人合わせて17単位だった。しかも太田は2単位しかとっておらず、そのうち1つはスキー合宿の参加者全員にもらえる単位だった。太田は後に、日芸の教授を「俳優になろうとしてなれなかった奴らの溜まり場。俳優を育てようなんてなんも思っちゃいない」と批判しては、講義を欠席していた。

元マネージャーは2人の同級生で、18歳の時から30年近い付き合いだった。

プライベートでは田中は太田を「光」と呼び、太田は田中を「小僧」と呼ぶ。田中が仕事のときに太田を「太田さん」と呼ぶのは仕事とプライベートの区切りをつけるためであり、太田が田中を「田中」と呼ぶのは、「小僧」では誰のことかわからないと感じているため。

また、お互いはごく近所に暮らしている(太田は「田中がこっちに引っ越してきたんだ」と冗談として言い、田中は「お前が俺の生まれ故郷(東京)にやってきたんだろ」と突っ込むやりとりをする事が多い)。

2人ともSNSなどを利用しておらず、太田に至っては携帯電話を所有していないため「やる理由がない」と述べている。

2人とも自動車の運転免許を持っていない。 田中は過去に免許取得を検討していたが光代社長の反対によって断念している。また、太田は大学時代にバイクの免許及びホンダ・VT250Zを持っていたが自損事故を起こしている。

運転免許が無いため移動の際は事務所が送迎車を用意しており、両者とも全ての仕事が終了すると自宅へ直帰する。

2人とも酒が飲めない。

2人のプライベートでの生活態度・習慣及び光代の危機管理能力が功を奏し後述の通り多くの仕事のオファーを引き受けている。

2人とも猫好きであるが、ペットのかわいがり方は異なり、可愛がり倒す田中に対して太田はほとんど構わない。そのせいで互いの猫の性格も違い、来客にまとわりつくような田中家の猫に対して、太田家の猫は来客には絶対に近寄らない。

2人は佐野元春とサザンオールスターズの話題になると、必ずどちらの方がより良いファンかと張り合っている。

「爆笑問題」の芸能活動

コンビ名の由来はラテ欄でよく使用されるフレーズ「爆笑」と、本屋でたまたま「問題実話」と言う本を目にした際、タイトルに「問題」と入れていたことが印象に残っていたことから太田が命名。また、カタカナ名のコンビが多いため目立とうとしたのも理由の一つであることが太田の自伝『カラス』(小学館)に記されている。「カラス」は一時期コンビ名を変えようと考えていた時、候補に上がっていた言葉である。前述の通り、コンビの(名目上の)リーダーは田中であるが、それを決めたのは太田である。

「進路指導室」などのような過激な内容のコントをやっていた頃は「爆笑問題は使えない、テレビじゃ危なすぎる」といった風潮が業界にあったといい、太田は当時の事を「若いからこれで世の中変えてやるみたいな、そんな意識があった」と回想している。

漫才を始めた当初は時事ネタはツカミとしてやっていた程度で、メインは「もしも○○が××だったら?」(例として「もしも、冬が寒くなってくるんじゃなくて、臭くなってくるとしたら」 「もしも夏になると痛くなるとしたら」など)といった内容のものだった。

テレビ番組(2000年代ごろより司会・MCが主)・ラジオ番組のレギュラーを多数抱えるが、タイタンの定期ライブや雑誌の連載、本の出版などもこなしている。漫才のネタは主に太田が作っている(田中はツッコミを多少考える程度で、大半の田中のツッコミは太田が考える)。現在は時事ネタを題材としたものが目立ち、硬軟幅広くネタを取り入れ、ナンセンス性と毒が入り乱れたものが中心となっている。

太田は時事ネタを扱うのは「政治を茶化したいという意識ではなく、ニュースを題材にする事が効率が良かっただけ」「そうしたことに触れないでコントを作るのが難しい」「割と安易な道」と述べている。そのため、ネタの一部分だけを切り取って評価されたり批判されたりする事には否定的な考えを示している。また、太田は2017年のインタビューで自身のDVD「2017年度版 漫才 『爆笑問題のツーショット』」の出来栄えを「時事ネタを話題にはしているけれど、ボクらの漫才は1個も社会風刺してないことがわかるよ」とアピールしている。

ネタの中には逮捕された人物や、世間を騒がせた人物も登場するが、その出来事から何十年と経過していることがしばしばあるため、田中から「もうそれは忘れてやれよ」と突っ込まれることも多い。ネタを使いまわすことについて太田は「噛めば噛むほど面白いし、何度噛んでも味が出る」と述べている。また、たびたび失言をする太田が漫才や雑誌の連載で他人の失言について批判したりボケたりすると、田中から「日頃から失言しているお前に言われたくない」と突っ込まれることもよくある。

〆さばやナイツのように時事ネタを得意とする芸人が同じライブや番組に出演する際は事前にネタが被らないように本人達と打ち合わせを行っている。

古舘伊知郎は太田のボケを「あたかも意味のある興味深いトークをしているようで、どこまで意味があるの?っていう思いが募った時に、完全にその意味のあるテレビサイズのトークを無意味化する。これって気持ちいいんですよ」と評している。

お笑い評論家ラリー遠田は、太田のボケには「シンプルボケ」「毒舌ボケ」「ナンセンスボケ」という3つの種類が存在すると評しており、とくに「ナンセンスボケ」については爆笑問題の漫才の隠し味になっているとし、「毒舌ボケ」よりも高く評価している。

芸能人の活動の中心がテレビとなっている中、太田は「ラジオで笑いが取れる芸人になりたい」と、漫才への思いを表している。漫才のネタ作りは田中がスクラップした新聞記事を太田が読んでボケて行き、田中はそれに対してツッコミをいれつつネタを書き留めていく手法をとる。そのことから太田は田中のことを「書記」と指した事がある。また、この作業は太田家のリビングで行われる。

ダジャレネタがメインの『ボキャ天』では、主に田中がネタを考えていた。これは太田にダジャレのセンスが全くなく、収録で太田のネタで「王貞治」を「おさだはるこ」と変えたが、意味不明なために没になったということがあった。その時のことをBOOMERが目撃している。しかしそれを際立たせるコント部分は太田が作っているため、田中は事実上ダジャレの部分しか考えていない。『水着でKISS ME』(テレビ東京)では交互に主演し、毎回ベッドシーンを演じていた。また、テレビなどの出演がほとんどなかった時代には、太田が書いた脚本を同期のホンジャマカが演じたこともあった。

1999年4月から2006年3月にかけて、『ポンキッキーズ』(フジテレビ系)に、ネズミの着ぐるみキャラクター「爆チュー問題」としてレギュラー出演し、人気を得る。2006年5月から2016年12月までは『空飛ぶ!爆チュー問題』として独立番組となり、CS放送・フジテレビワンツーネクスト(開始当時はフジテレビ721)で放送されていた。

2005年の高額納税者番付タレント部門では、2人ともベスト10に入った(太田8位、田中9位)。

お笑い芸人がトップクラスの域になると自身のレギュラー番組しか出演しなくなる傾向が強い中で、多忙になった現在でも積極的にゲスト出演をしている。また、『爆笑問題のニッポンの教養』『探検バクモン』(NHK総合)など、教養色の強い番組の出演も多い。

事務所公式サイトのプロフィール写真は、1997年ごろに撮影された宣伝用写真を使用し続けている。

ドラマや映画などには、コンビともにゲストや「チョイ役」での出演で、本人役が多かった。しかし、2000年代後半ごろより田中が映画『感染列島』やドラマ『Q10』(日本テレビ系)、『恋愛ニート〜忘れた恋のはじめ方』(TBS系)などに出演し、俳優としての仕事も増えている。

「ピン」(1人)での仕事として、田中は『サカスさん』『S☆1』(ともにTBS系)で情報番組の司会を務めている。一方、太田は『マボロシの鳥』(新潮社)などの小説やエッセイを多く執筆している。なお、「爆笑問題」名義の出版物もほとんど太田1人で執筆している。

上記のように酒を飲まない、運転免許を持っていない、太田に至っては携帯電話を持っていないものの、酒造メーカー・自動車メーカー及び中古車買取店・携帯会社は「事件・事故・トラブルを起こす事はない」と爆笑問題の姿勢を安心材料とみなし積極的に広告に起用していった。また、芸に対する真剣さやこだわりも起用の決め手となっているという。CMの内容も田中のツッコミと太田のナンセンスなボケを活かしたものが多い。

「中川家」について

「中川家」は、剛(つよし)と礼二(れいじ)による兄弟漫才コンビである。大阪府守口市出身。吉本興業東京本社(東京吉本)に所属。1992年4月コンビ結成。2001年「M-1グランプリ」初代チャンピオン。

通常は「中川家 剛」、「中川家 礼二」とコンビ名・名前の組み合わせで表記される。両者とも芸名、本名はともに同じ。

中川 剛
漫才ではボケ(コントではツッコミ)、ネタ作り(漫才、ものまね)担当。立ち位置は向かって左。通称「お兄ちゃん」。

中川 礼二
漫才ではツッコミ(コントではボケ)、ネタ作り(コント、ものまねやアドリブ系)担当。立ち位置は向かって右。通称「礼二」。

礼二が小学2年の時に父が会社から貰った優待チケットで、親子でなんば花月に初めて観に行き、その後、剛も行くようになった。礼二は最初は行くのが嫌だったが、電車に乗れるのが楽しくてついて行った。いつの間にか漫才にどっぷりハマり、花月の最前列で舞台に釘付けになるほど二人はファンになる。礼二の初デートはうめだ花月。当時、礼二がファンだったのは太平サブロー・シロー。初めて観た漫才は奇しくも兄弟の浪曲漫才の東洋朝日丸・日出丸であった。
ともに大阪の守口市立梶小学校、及び梶中学校卒業。ちなみに、 松竹芸能の増田英彦(ますだおかだ)は剛の小中学校の1学年先輩にあたる。また、渡辺鐘(桂三度・世界のナベアツ・元ジャリズム)の弟は礼二と同級生で自宅にも行ったことがある。
その後、剛は大阪府立守口東高等学校を卒業。一方、礼二は近畿情報高等専修学校を卒業。礼二が在籍していた当時向陽台高等学校の提携学校であったため、向陽台高等学校と近畿情報高等専修学校の2つの卒業資格を持つ。
2人ともそれぞれの学校卒業後にサラリーマンをしていたが、剛が礼二を誘って、吉本興業の大阪NSCに入学(第11期生)。同期には陣内智則、ハリガネロック(解散)、ケンドーコバヤシ、たむらけんじなど。吉本以外では児嶋一哉(アンジャッシュ)ハリウッドザコシショウなどが同期。NSC在学中に漫才の実力が認められており、当時としては異例の在学中に『オールザッツ漫才』(毎日放送)に「中川兄弟」で出演。またNSCでのネタ見せ中には彼ら見たさに、教室の後ろの方に多くの芸人が観覧し見届けるほどの人気だった。
1993年に心斎橋筋2丁目劇場で初舞台。
1996年1月、第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。その後、関西ローカル番組『すんげー!Best10』(朝日放送テレビ)などで人気を博す。
1997年、剛がパニック障害を患う。通常の仕事をこなす事が困難になり、多数持っていたレギュラー番組が、KBS京都のラジオ番組1本のみになってしまうなど、不遇の時代となった。後に、剛はパニック障害を克服している。
関西以外で知られるようになったのは、2000年頃に出演した『明石家マンション物語』(フジテレビ)がきっかけ。オーディション企画のコーナー「大部屋」で注目され、準レギュラー出演するに至った。また、『爆笑オンエアバトル』(NHK総合)では10戦9勝という高いOA率を誇った。
2001年末、第1回M-1グランプリでは大本命というプレッシャーの中、初代チャンピオンとなった。結成10年目であったため、第1回ではあるものの、最初で最後のチャンスでもあった。その前後に本格的に東京に進出した。当時の同年代の芸人はbaseよしもとに所属している中、メッセンジャー・海原やすよ ともこ・中川家の3組はbaseに所属せず活動していた。
2010年、第45回上方漫才大賞を受賞。
2012年、『THE MANZAI 2012』の認定漫才師に選ばれる。
2019年、2度目の上方漫才大賞を受賞する。

芸風
漫才中に剛がちょっかいを出して、礼二がツッこみ次々話を進める漫才で、同じ兄弟コンビの「いとし・こいしやダイマル・ラケットの後継者」と言われることもある。特にダイマル・ラケットに関してはNSC時代に講師から漫才のテープを渡されて徹底的に聴いて勉強させられた。後に剛は完全コピーできるほど聴いた。兄である剛は、身長が低く童顔、おっとりしたボケなのに対し、声も体も大きく「大阪のおばちゃん」的なしっかり者の弟である礼二がツッコミという立場逆転の面白さもあると言える。コントでは立場が逆転する場合が多い。
ネタの原型は剛が主導して作っているが、事前の打ち合わせやネタ合わせ自体はあまり行わない、つかみとオチだけを決めておいて漫才を進め、舞台で繰り返し披露していくうちにネタを固めていく独自のスタイルをとっている。この手法は浅草キッド・水道橋博士とますだおかだ・増田英彦に「常設の劇場があり場数を踏める吉本所属だからできるものだ」と評された。こうしたネタの性格上漫才は非常に即興性が高い。
誰しも街中やテレビなどでよく見かけるであろう光景を、鋭い視点で観察した形態模写やものまねが2人とも得意で、漫才中に行うことも多い。特に礼二は鉄道関連のものまねも得意。
出囃子(ルミネtheよしもと)はタイガー・アーミー(英語版)の「Nocturnal」。

エピソード
子供の頃から2人でものまねをやっていた。ものまねを思いつくのは実は剛の方が圧倒的に多いが、「自分がやるとインパクトがない」という理由から礼二にやらせている。また、思いついたものまねがあまりにもマニアックすぎるため、ボツになる事も多い。声帯模写は礼二は苦手としているため、剛がやる事が多い。
小学生の頃、明石家さんまが漫談で出ていたときに、野次を飛ばしていたので去り際、舞台の前にいた剛の手を踏みつけられた。
高校時代は2人とも別々の高校出身だがラグビー部に所属していた。当時剛は真面目に3年間練習をしていたが、体が小さかった影響もあり、ほとんど試合に出場できなかった。高校は3年時に大阪府予選の決勝まで進出した。対して礼二は真面目に練習しなかったにもかかわらず、体格に恵まれたこともありレギュラーだった。
2012年9月29日放送の『アメトーーク! 部活やってたけど補欠芸人』(テレビ朝日)では、礼二(当時は補欠)が思いを寄せる同級生の女子が、レギュラーだった剛と付き合っていてショックを受けたというエピソードが紹介されている。
2人ともラグビー経験者のため、毎日放送で深夜に放送される『全国高校ラグビー大会』の決勝のハイライト番組の中継の副音声の解説を、2008年ごろまで数年間務めていた。
相方を探していた兄である剛が、友人や知人を5〜6人誘ったが、ことごとく断られたため、NSCの入学願書に勝手に弟である礼二の名前を書き、入学させた。
NSC時代はコンビ名を「中川兄弟」としていたが、先輩に「千原兄弟」がいたため「中川家」に改名した。
コンビを組んで漫才を始めるにあたり、礼二は母親から「あんたは芸人に向いてるけど、剛はなぁ…。あの子、いっこもしゃべりあかんやん。」と剛に対してのダメ出しをくらっており、剛本人も母からダメ出しを食らい、礼二がそれを隣の部屋で聞いていたという話もある。実際、本人たちもこのエピソードを漫才のネタにし、たびたび披露している。
父親はとにかく変わり者で愛想がない。お土産をもらう時に社交辞令で「つまらないものですが…」と言うと「そんなつまらないもん、いらんいらん!」と平気で断る。子供の頃にキャンプ帰りに暴走族に囲まれた際には窓を開けて運転しながらバーベキュー用のトングで暴走族のヘルメットの紐を器用に外して撃退した。飼っていたウサギがイタチに噛まれた際に、イタチを捕まえて家を出て行き、数時間後にそのイタチを剥製にして帰ってきた。剥製の使い道がないため現在は実家の玄関に置かれており、剥製の手(前肢)の部分に車の鍵と自転車の鍵をかけて使用している。
親戚にオカマの叔父がいる。テレビで共演も果たしている。父親の弟で、おかまバーも経営している。剛は叔父がとにかく大嫌いで叔父の話になると、とても嫌な顔をする。
仕事以外の場で顔を合わせる際には、通常の兄弟の間柄に戻るため漫才でのやりとりとは異なり、兄である剛が上の立場になる。実家で顔を合わせた際には、剛が礼二に買い物してくるよう指示することも多く、ネタ合わせも剛が主導。テレビ出演時においても時折兄弟らしいやりとりが見られる。同じ兄弟コンビの千原ジュニア曰く、「中川家は"コンビ"よりも"兄弟"のほうが強い」。
一時期、剛がパニック障害を患い、人ごみに入ると呼吸を忘れてしまう程の重症だった。その当時の電車移動では、礼二が1駅ごとに剛を下車させ、呼吸をさせて落ち着かせていた。
東京に進出しており、兄弟共に東京在住であるが東京に地上波でのレギュラー番組は1本もなく、不定期での出演や準レギュラーのような形での出演が殆どで1か月のスケジュールの半分が大阪での仕事とのこと。なお、東京でのレギュラーがないことについて「長い打ち合わせが嫌い」「東京では閉ざしている」など語っており、それが理由でレギュラーがないと語っていた。ただし、2022年4月16日より放送開始のNHK大阪放送局制作の『探検ファクトリー』のレギュラーに起用された。東京の番組ではないものの地上波における全国放送でのレギュラー番組となった。
漫才の冒頭で「どうも〜、○○です〜」という自己紹介や前フリは入れず、「どうも!」という挨拶の後いきなりネタに入る。これは若手の頃に夢路いとし・喜味こいしから「既に紹介されて出てきているから、その分時間がもったいない」というアドバイスを受けたことによる。
礼二は小杉竜一(ブラックマヨネーズ)に対しても漫才のアドバイスを頻繁に行っており、上記の「自己紹介を入れるな」も伝え、実際にブラックマヨネーズは優勝した2005年のM-1グランプリでは、自己紹介を行わなかった。
いとし・こいしが使っていたネタ(似た言葉の言い間違いを2、3回繰り返した後で正しい言葉が出てくる→「すっと言えんか!」という一連のくだり)を、本人から直々に使っていいと言われたことがある。ただ、恐れ多く未だに使っていない。
2003年2月、6時ごろに広島中央警察署の刑事が訪れ、人の頭を叩いた(ツッコミと主張)として弟の礼二が捕まったことが公式YouTubeチャンネル上の中川家の寄席2022「おばちゃんとおばちゃんと新幹線」内で語られた。

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「新春生放送!東西笑いの殿堂」の放送内容

「新春生放送!東西笑いの殿堂2022」について

生放送で送る、笑いのオ―ルスター。漫才・コントから落語まで35組をこえる出演者。NHK放送センターと新宿・浅草・なんば・心斎橋の寄席・劇場からお届けします。

爆笑問題、中川家、桂文珍、オール阪神・巨人、おぼん・こぼん、ナイツ、ますだおかだ、COWCOW、銀シャリ、和牛、アインシュタイン、ハマカーン、モンスターエンジン、ニッポンの社長、桂吉弥、柳亭小痴楽ほか【午後3:00〜3:05中断Nあり】

「新春生放送!東西笑いの殿堂2022」出演者

【司会】
爆笑問題,中川家

【出演】
アインシュタイン,まんじゅう大帝国,COWCOW,和牛,西川のりお・上方よしお,桂文珍,ますだおかだ,海原はるか・かなた,立川談笑,林家三平,江戸家小猫ほか

「新春生放送!東西笑いの殿堂2022」爆問&中川家が東西キャプテン

NHKは2022年1月3日午後1時5分からお正月恒例の「新春生放送!東西笑いの殿堂2022」を開催する。総合司会&東軍キャプテンは「爆笑問題」、西軍キャプテンを中川家が務める。

初春に相応しい華やかな笑いを、東京・NHK放送センター、大阪・なんばグランド花月、東京・浅草演芸ホール、東京・新宿末広亭、大阪・心斎橋角座の5か所から生放送で届ける同番組。

東西のキャプテンはそれぞれ、爆笑問題と中川家。漫才も披露する。“名人芸”として「おぼん・こぼん」と「オール阪神・巨人」。“東西のエース”には「ナイツ」と「銀シャリ」。“期待の若手”には「コットン」、「アインシュタイン」。さらに“落語好きには”立川談笑と桂文珍も登場する。

また、ますだおかだ、タイムマシーン3号、和牛、ハマカーン、西川のりお・上方よしお、江戸家小猫、COWCOW、桂吉弥、柳亭小痴楽、ニッポンの社長、桂二葉ら若手からベテランまで最新の笑いから伝統の笑いと総勢35組が登場する。
 
 
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希空

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