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【動画】日本全国!どこでもチャップリンの見逃し配信無料視聴方法!再放送はある?

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【動画】日本全国!どこでもチャップリンの見逃し配信無料視聴方法!再放送はある?

テレビ東京で放送されているバラエティ番組「日本全国!どこでもチャップリン」の見逃し配信を無料視聴する方法を紹介したいと思います。動画配信といえばTVer(ティーバー)やGYAO!(ギャオ)などが思い浮かびますが、無料動画配信はそれらのサービスが全てではありません。

今回ご紹介する「日本全国!どこでもチャップリン」の動画配信なのですが、動画配信サービス「Paraviパラビ」で配信される可能性があります。

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それでは「日本全国!どこでもチャップリン」について紹介していきたいと思います。

「日本全国!どこでもチャップリン」の詳細

ここから、記事を全て読んでいただくのも嬉しい限りですが、記事が何分長いので、気になるところにジャンプ出来るように、それぞれのネタバレを項目ごとに用意しました!

気になる箇所へ飛んでみてくださいませ!

・番組情報についてはこちらから

・番組出演者はこちらから

・番組内容ついてはこちらから

「日本全国!どこでもチャップリン」の概要

3月21日(火)に「日本全国!どこでもチャップリン」(昼2:30-3:55、テレビ東京系ほか)が放送される。
同番組は、「ぴったり にちようチャップリン」(毎週土曜深夜0:00-0:25、テレビ東京系ほか)の特別版。今回は、進行を千鳥・ノブ、ハリセンボン・近藤春菜が務め、スタジオを飛び出したロケコントや、スペシャルユニット結成、初卸しなど、総勢15組が1日限りのネタを披露する。また内村光良、土田晃之、千鳥・大悟、スピードワゴン・井戸田潤、アンガールズ・田中卓志、ハリセンボン・箕輪はるかは審査員としてネタをジャッジ。

錦鯉はテレビ初出し漫才、阿佐ヶ谷姉妹、ザ・ギース、ラブレターズによる“ASH&Dオールスターズ”はそれぞれの特技が盛りだくさんのテレビ初出しコントを披露。

「M-1グランプリ」優勝後「チャップリン」初出演となるウエストランドは、番組用に作ったネタを披露するも、千鳥からそろってダメ出しされてしまう。さらにレギュラー陣から、「THE SECOND」ノックアウトステージ進出を果たしたスピードワゴンが登場。ベテランならではの安定感ある漫才を披露するが、井戸田の身に想定外の出来事が起こる。

全組のネタを見終えた内村は、「やっぱり我々だけに任せちゃうと、こんなに厳しくなるのかと(笑)。お客さんが(審査ボタンを)押すほうがまだ優しかったなぁ…」と厳しめになった審査を振り返り、大悟は「ちょっとこっち側がふざけすぎた」、はるかも「面白かったんですけど、途中から押すのが怖くなっちゃって…」と若干反省した様子。また土田からは「いろんなジャンルを見すぎて、何が面白いのか、自分の中の正解がわからなくなっちゃいました(笑)」という率直な感想も。

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「日本全国!どこでもチャップリン」の出演者

「内村光良」について

「内村光良」は、日本のお笑いタレント、俳優、司会者、映画監督、作家。熊本県人吉市出身。お笑いコンビ・ウッチャンナンチャンのメンバーで、相方は南原清隆。愛称は「ウッチャン」。マセキ芸能社所属。妻は徳永有美。

1964年7月22日、熊本県球磨郡あさぎり町に生まれ、免田町立免田小学校(現・あさぎり町立免田小学校)に入学。小学4年生の時に熊本県人吉市の人吉市立西瀬小学校に転校し、人吉市立第二中学校、熊本県立人吉高等学校を卒業。映画監督を志し横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)演劇科に第9期生として入学。南原清隆、出川哲朗、入江雅人らと出会う。

1985年、漫才の授業をきっかけに南原とコンビを結成。講師をしていた内海桂子・好江の勧めでマセキ芸能社に所属し、『お笑いスター誕生!!』に出演。「ショートコント」スタイルを確立するなど、コントを主体とした芸風で、とんねるず・ダウンタウン・B21スペシャルらと共に「お笑い第三世代」代表の一角としてバラエティ界をリードした。

『夢で逢えたら』への出演からスタジオコントにこだわるようになり、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』と合わせて様々なキャラクターを演じた。ドキュメント系バラティの『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』では内村の強い要望でコントライブのコーナーを設け、コントブーム終焉後も『笑う犬の生活』や『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』に携わるなど、コントにかける情熱から「最もコントを愛する芸人」とも言われる。

1998年、ポケットビスケッツのメンバーとして『第49回NHK紅白歌合戦』に出場。

1999年、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画「ドーバー海峡横断部」の遠泳リレーでドーバー海峡の横断に成功。後年、「人生で1番キツかった仕事」と語る。

『内村プロデュース』をはじめ、2000年代からピンでの活動が中心となり、『内村さまぁ〜ず』、『世界の果てまでイッテQ!』、『スクール革命!』などは10年以上続く。なお、『内村さまぁ〜ず』は2012年にDVDのリリース本数がギネス記録に認定され、以降も更新中である。

2006年に『ピーナッツ』で映画監督デビューし、2013年に『ボクたちの交換日記』、2016年に『金メダル男』を発表。

2017年からは『内村文化祭』と題した主催ライブを毎年行っている。

2017年から『NHK紅白歌合戦』の総合司会を4年連続で務める。

2019年、人吉市民栄誉賞を受賞。

「内村光良」の身体的特徴

色白で鼻が大きく、度々相方や他の芸人のネタにされる。肌は幼い頃から白く、小学校の頃の担任に「君は色が白いから歌舞伎役者になるといいよ」とアドバイスをもらったことがある。髪型は高校時代から変わっていない。

ジャッキー・チェンに似ていることから、ジャッキーに関する以下のエピソードがある。

出川哲朗には専門学校時代から「チェン」と呼ばれ続けている。
内村自身もジャッキーのファンで時折ものまねをしたりしているが、これが縁でジャッキー・チェン本人とは番組などを通じて幾度か共演しており、ジャッキー本人も似ていることを認めている。

『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』では、「ウッチー・チェン」として、デタラメな中国語と、内村のボディアクションが特徴であるコントを披露している。

ジャッキー主演の映画『ツイン・ドラゴン』は、雑誌広告でジャッキーが二役で双子を演じるポスターの片方を内村の顔写真に変え、「ジャッキーは、ウッチャンを見てこの映画を思いついた」というコピーを使用していた。

高校時代の自主制作映画で、ジャッキー並のアクションを演じたこともある。

活動初期はメガネを掛けていた。これは『お笑いスター誕生!!』出演時にスタッフから「(相方である南原と)顔が似ているからメリハリをつけるために掛けろ」と言われて掛けていたものである。

「内村光良」の趣味・嗜好

小学生の頃に父親が趣味で買った8ミリカメラや映写機に触れ、中学生の時に観た『街の灯』と『ロッキー』の影響で映画にのめり込み、監督を志すようになる。中学の文化祭では映画をモチーフにした劇を上演し、自ら脚本・演出・主演を務めた。高校時代から撮影用の機材を揃えて自主映画を制作・上映するようになり、横浜放送映画専門学院ではぴあフィルムフェスティバルに応募するも落選する。

特に影響を受けた映画として前述の『街の灯』、『ロッキー』に加えて、『卒業』、『小さな恋のメロディ』、『明日に向って撃て!』を不動のベスト5として上げる。他にも、ブルース・リーやジャッキー・チェンなど香港スターによるアクション映画、大林宣彦監督作品の尾道三部作について、随所で熱く語っているのが見られる。

『笑う犬』シリーズでの映画評論コント「ミル姉さん」でも映画への知識と情熱が遺憾なく発揮され、当時は雑誌連載のオファーが殺到した。しかし、当時山ほどレギュラーを抱えていた内村はミル姉さんの姿で「嬉しいけどこれだけで手一杯だから勘弁して…。」と呟いていた。

『燃えよドラゴン』は既に数え切れないほどの回数を観ているが、未だにテレビ放映されるとオンエアで観てしまう。リーのものまねも得意で、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』の映画パロディでは「テルース・リー」として、『燃えよドラゴン』のパロディで『燃えてるドラゴン』、『ドラゴン怒りの鉄拳』のパロディで『ドラゴン怒りのせっけん』など、映画の予告編風のコントを披露していた。

『ウンナン世界征服宣言』の企画で、日本大学芸術学部の映画学科を目指すことになった。内村は一次試験を通過するも、二次試験の面接で求められた「完全に芸能人をやめて学業に専念する」条件が果たせず、進学は断念している。

好きなアーティストはサザンオールスターズ。『夢で逢えたら』で共演して以来、『ウンナンの気分は上々。』でのライブ出演の企画、『ウンナンのホントコ!』や映画『金メダル男』での曲の依頼、桑田佳祐の『白い恋人達』プロモーションビデオや『桑田佳祐の音楽寅さん』出演など、たびたび共演の機会がある。

内村は桑田を「繊細な方」「あんなにスターなのに、全然スターに見えないというか、なにも飾らないし、本当に気さくな方」と評価しており、それを象徴するエピソードとして前述のライブ出演で桑田が興奮して内村を蹴り飛ばし、舞台から突き落とした事を「ずっと謝ろうと思っていた」と感じ、数年後に偶然再会し、初めて一緒に酒を交わした際に、内村に謝っていた事が語られている。なお、内村本人は謝られたことについて「そんなことをずっと気にしていられたなんて」と感じており、突き落とされた事をあまり気にしていなかった。

桑田は自身のラジオで「ウッチャンは温かいよね。芸能の神をまつる紅白の神主はウッチャン」と『第69回NHK紅白歌合戦』で共演した際の内村の司会ぶりを高く評価していた。

志穂美悦子の大ファンでファンレターを送ったことがある。また、『笑う犬』の時に志穂美本人から手紙と本人の手による「ミル姉さん」の油絵が届き「芸能界にいて良かった」と絶叫したことがある。

Perfumeを気に入っており、舞台『エルダーソルジャーズ』では、Perfumeのコスプレをして振り付けを披露。その直後に行われた『世界の果てまでイッテQ』の企画でも、富士山登頂した際にレギュラーメンバーからDVDやCDなどを差し入れされて、富士山で「ポリリズム」の振り付けを披露した。

『連続テレビ小説』のファンで、小学生の頃は『藍より青く』や『鳩子の海』を観るのが日課だった。『ゲゲゲの女房』以降の作品は、欠かさず観ている。以前から『連続テレビ小説』への出演を望んでおり、『なつぞら』でナレーションとして参加することとなった。また、『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』では度々、『連続テレビ小説』のパロディコントを行っている。

好きなアニメは『あしたのジョー』で、昔の営業のネタでよくモノマネをしていた。

『銀河英雄伝説』の大ファンで、2007年7月14日放送の『SmaSTATION!!』にゲスト出演した際に、「実写で演じてみたいキャラクターは誰?」という質問に対し、他の出演者が適当に答える中で一人はっきりと「ヤン・ウェンリー」と答えた。また、『ウリナリ!!』では『銀英伝』を元ネタにした『銀河放浪伝説』というコントを作り、「ラインテルト」というキャラを演じている。共演の東野幸治は「ヒガシノイス」と言うキャラであった。OVA版でナレーションを務めた屋良有作を起用した上にOVA版の衣装を用意し、元ネタのラインハルトの声色とセリフを忠実にマネるという力の入れようだった。

『欅坂46』のファンで、『紅白歌合戦』や自身のライブ『内村文化祭』などで度々ダンスを披露している。

「千鳥」について

「千鳥」は、吉本興業(東京本部)に所属する大悟とノブからなる日本のお笑いコンビ。2000年7月結成で、NSCにおいて大阪校21期および東京校4期と同期扱い。キャッチフレーズは『岡山の漫才番長』。2人とも岡山県出身。

岡山弁と大阪弁が混在した独自のチンピラ漫才スタイルを築き上げ、彼らはこのスタイルを「俺流漫才」と称していた。

高校でのソフトボールの授業中、ふざけて打席でバットを振り回して構えた大悟にノブが「お前ドミニカ出身か!」とツッコみ、それに大悟が興味を持ったのが交友の始まりとなった。高校からの同級生なのもあって、コンビ仲は非常に良い。しかし一度だけ、デビューして2〜3年目の打ち上げで「マジ喧嘩」に発展したことがある。

ノブがロケ先などで独特な人や物に対して発する、「クセがスゴい!」というフレーズは千鳥の代名詞となっている。

大悟の出身地である北木島は、笠岡市瀬戸内海沖合の笠岡諸島の中では最も広い面積を有する。漫才中に島の田舎ぶりをネタにすることもあるが、本土の笠岡市内とはややギャップがあり島独自の文化も多い。北木島に位置する大悟の実家には「山本大悟の生家」という看板がある。相方・ノブの実家の庭にはカヤの巨木があり、「早川のカヤ」として天然記念物に指定されている。千鳥出演の番組でもたびたび紹介される。

笑い飯とはインディーズ時代から親交が深い。

コンビ名の由来は2人して笠岡高等学校(通称・“千鳥”)へ入学したかったが、入れなかったために憧れて名付けた(2人とも笠岡商業高校卒業)。

キー局全てで冠番組を持っており、これは有吉弘行に次いで2組目。

2000年7月:コンビ結成。

2006年:テレビドラマ『水戸黄門』に出演。

2008年4月6日:「ガンガンライブFINAL」を以てbaseよしもとを卒業。

2011年1月:岡山県観光連盟から「岡山県観光特使」へ任命された。

2011年11月:京都にて番組の収録中に車上荒らしに遭う。

2012年:レギュラー11本のほとんどを降板して大阪から上京。上京してしばらくは2人揃って家族を大阪に残して単身赴任で生活していたが、現在は家族と共に東京で生活している。

2015年2月3日:おかやま晴れの国大使に就任。また岡山県知事である伊原木隆太が千鳥と組み、岡山県PRの限定ユニット『もんげーボーイズ』を結成した。

「千鳥」について

「千鳥」は、日本のお笑いタレント、司会者、コメンテーター。太田プロダクション所属。身長183cm、体重75kg。血液型AB型。

東京都練馬区出身、埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区)育ち。大宮市立大砂土中学校(現:さいたま市立大砂土中学校)、埼玉工業大学深谷高等学校(現:正智深谷高等学校)、専門学校東京アナウンス学院お笑いタレント科(現:芸能バラエティ科)卒業。

学生時代
1979年、小学1年生の時まで東京都で育ち、野球をやっていた。1980年、小学2年生の時に大宮市(現:さいたま市)へ引越したが、転校先の小学校の授業についていけずに落ちこぼれていた。当時からお笑い芸人を夢みていたが、人前ではしゃぐような明るいタイプではなく、一人でネタを考えてこそこそ笑っているタイプだった。運動神経が鈍くて鈍足だったため、学校でサッカーをやるとディフェンダーばかりをやらされ運動神経のよい同級生たちに打ちのめされる日々を過ごした。

1985年、中学校1年生のときに、調子づいた態度が災いしてクラスメイト全員から無視されていたが、父親の言葉に後押しされて不登校にはならなかったとのこと。

中学生時代、教育熱心な母親に反抗的だったが、土建業を営む父親には頭が上がらず、その父親から「家計が厳しいから私立高校へは通わせられない。公立高校に行け」と厳命された。しかし、最底辺の成績しか残せず、担任から受験すれば誰でも受かる私立高校(埼工大深谷高校)を勧められて、父親に土下座をして入学金と授業料を支払ってもらった。高校1年生の時に無期停学処分を受けたものの、3年間で卒業した。

卒業後に東京アナウンス学院のお笑いタレントコースに入学。同級生によれば演技はうまかったが、何日も稽古をサボったり、漢字が大の苦手で台本が読めず「“海”という字が読めなくて止まってました」という。

専門学校時代はフジテレビのエキストラのアルバイトをしており、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!!』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた。体が大きくて目立つので重宝されたという。

U-turn時代
東京アナウンス学院に在籍していた時代に対馬盛浩と出会い、「元不良と元生徒会長」のアンバランスさを売りにしたお笑いコンビ、U-turnを結成した。コンビ結成後の初舞台のライブが思いのほか好評だったこともあって、自信満々になり「ダウンタウン?2年で抜いてやるよ!」と豪語した。

『GAHAHA王国』(テレビ朝日)『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ)などのお笑い番組やライブに出演したが、1999年に『ボキャブラ天国』が終了して収入が激減した結果、2001年に対馬が廃業を決意し、コンビ解散となった。対馬の廃業の件は、事務所を通じて知ったとのことで、それまで「コントがウケなかったら相方の責任にしていた」ことが頻繁にあった。その後は、ピン芸人として自立することになった。

ピン芸人
ピン芸人になってからはプライドを捨て、それまで否定的だったリポーターの仕事も請け負った。『銭形金太郎』(テレビ朝日)でレギュラーになり、リポーターの依頼が増えた。しかし、仕事をこなすうちにストレスのかかるロケが続くようになり、1年に3回、十二指腸潰瘍を患った。仕事は続けたが、何度も再発したためにリポーターの仕事はすべて降板し、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ)の仕事をきっかけに「雛壇芸人」としての仕事をこなすようになった。その後、大勢のタレントが集まって出演者同士の会話をメインにしたトーク番組がテレビ業界で増えたため、雛壇芸人としての仕事が急増した。近年は『バイキング』(フジテレビ)や『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)などへ出演し、コメンテーターとしての仕事も増えている。

芸風・スタンス
フリーライターの武田砂鉄は土田の芸風を「無駄が無い、必要最低限のことしか言わない、発言を外さない、場を乱さない、進行を妨げない……。適応能力、という言葉に集約されるだろうか。」「積極的に笑わないし、ましてや立ち上がって手を叩いて前のめりになることはない。先輩が寒いギャグをかまして周りが笑い転げているのに、彼は、淡々と立ったままである。」と述べている。

お笑い評論家のラリー遠田は土田の芸風を「コンビを解散してからコントをしていないし、社交的じゃないので自分の自虐ネタをそれほどやらない。その欠点をカバーするために竜兵会で上島竜兵とつるんでいて、上島の失敗談や妙な生態を収集してネタにしている。」「家電、ガンダム、アイドルなどマニアックなイメージがあるが、多くの本を読み漁ってたくさんの知識を蓄えるタイプではないし、その道に精通した真のマニアではない。けれど、誰でも知ってる最低限の知識を押さえていてそこを外さないから仕事がある。」「あくせく働きたくない、俺はそこそこでいい、というのをずっとキープしている。計算して自分のポジションをつかんできている。」と分析している。土田本人もこのことは自覚しており、自身の事を「サラリーマン芸人」と述べたこともある。

フリーライターの田幸和歌子は「薀蓄をきっちり暗記してくるタイプなことは間違いないけど、過去の記憶を脳みそから引っ張り出す作業は非常に苦手にしている」と分析している。

土田本人も「細かいところまでは良くわからないレベルの知識量なんですが、王道の部分は触れないようにして、ちょっと通っぽく見える話し方をしてるってだけなんです」「知識のどこを切り取って出すかによって印象って変わるんです」と話している。ただし、せっかく知識を仕入れても、事務所の力関係で仕事につながらないと、興味がなくなってしまうとのこと。

若い時はビッグマウスを振りまくだけ振りまき、30代で結果を出せばよいという考えをもっていた。巷の流行に踊らされ、一歩先を行ってますアピールをしている人はダサい、何にも振り回されない自分のスタイルを持っている人が一番カッコイイとしていた。

趣味・嗜好
趣味はサッカー、アイドルからアニメ(とくにガンダム関連)で、その関連の仕事を得ていることから、自らをおたく芸人と称している。ただし、2016年時点で、サッカーに対する言及はほとんどしなくなっている。

ガンダム
ガンダムを好きになった契機は「中学生の頃に塾をさぼって近所の長崎屋で観た『機動戦士Ζガンダム』だった」とも、「ファーストからZZ(ダブルゼータ)まではリアルタイムで見ていた」とも発言している。「同級生で『Z』、『ZZ』を見ていたのは0.1%くらい。中学生だから部活もあるし、アニメなんて見ない。ファーストは99%は見ていたんですけどね」との独自の分析を披露している。また、『V』以降は大人になっていたため、最初の3、4話だけ見て「これはガンダムじゃない」と思い、その後は見なくなったと述べている。子供がリアルタイムで見ていた『SEED』も当初は否定的だったものの、DVDで見ていくうちに「このガンダムがいちばん好きかも知れない」と思うようになったとのこと。

娘の名前を『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』のヒロイン・アイナ・サハリンを元に名づけた。

2009年、雑誌『ガンダムエース』(KADOKAWA)で5年間連載していたコラムをまとめたサンライズ公認本『土田晃之のガンダムにもの申す!』を出版した。土田によれば「会いたい人に会って、聞きたい話しを聞いただけ。これ、ぜんぶひっくるめて、僕のオナニー」とのことで、「そもそも、この本をサンライズが公認していることが間違いなんです。香港で見つけたガンダムの本だと思ってくれたほうがいい。海賊版だと思ってもらえば(笑)」「本のなかの企画もガンダムファンに向けてないですよ」と自虐的なコメントを繰り返した。

サッカー
Jリーグ創設時からの浦和レッズサポーターをアピールしていたが、実はレッズのレプリカユニフォームを集めているだけだったとのことで、2002年日韓W杯のころは、サッカー日本代表チームの話題や、ユニフォームをこよなく愛する芸人とアピールしていた。2010年ころの『J.LEAGUE プロサッカークラブをつくろう』のインタビューによれば、1990年代は横浜フリューゲルスの試合に毎試合のように通っていたとのことで、取材でJリーグで好きなチームを聞かれると「フリューゲルス とジュビロ、ヴェルディ。でも、内心はレッズが好き」と述べた。

2010年4月13日号の『週刊サッカーマガジン』(ベースボール・マガジン社)のコラムにおいて、浦和レッズのサポーターを辞め、大宮アルディージャに乗り換えようとした事があるが、2010年12月21日号の『週刊サッカーマガジン』のコラムでは「娘の七五三で隣の氷川神社に行ったんですけどね」「スタジアムで観戦したのはレッズのホームゲームを数試合」と述べるなど、結果的にレッズにとどまっている。だが、『週刊サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画出版社)2011年11月22日号では、それまでフリューゲルスとジュビロとヴェルディのファンだと称した過去を隠し「J創設時に埼玉のクラブがレッズしかなくて、それで応援するようになりました。僕が芸人として売れる前から付き合っていた彼女なんですよ、レッズは。やっぱり、苦労をともにしてきたレッズを裏切れないですよね」と述べた。

2010年6月16日(水)にフジテレビ系列で放送された南アフリカ共和国での2010 FIFAワールドカップ・スペイン対スイス戦の事前番組にゲストとして出演して注目選手は誰かと質問されたときに、スペイン代表のアンドレス・イニエスタを「イエニスタ」と誤読。司会者のジョン・カビラから「イニエスタ」と何度も訂正を入れられたが、同じ誤読を繰り返した。ただし、2018年にヴィッセル神戸にイニエスタが加入した際には、同年5月27日放送の『日曜のへそ』で「サッカースペイン代表のイニエスタ先生が来るって。これすごいんですよ」と正確に発音した上で語っている。

豊富な知識とは裏腹に部活等でのサッカー経験はなく、プレーすること自体も得意でない。土田はサッカーの腕前を「ビックリするぐらい下手」と述べている。

2010年1月10日、静岡県袋井市のエコパスタジアムで催された名波浩の引退試合に素人の身ながら参加してプレイした。これは名波本人から「普段から大口を叩く批評をしているけど、四の五の言っていないでどれだけ難しいかやってみろよ。何万人の前でプレーを見せてほしい」と要請を受けたことによるもので、錚々たるメンバーの中で素人の土田が動けるのか、ボールに触れることができるのかが注目された。土田は素人が急に上達するわけないとプレイのことは放棄して体重を落すことだけに専念した。ちなみに、この試合の選手紹介では現役・OB選手たちは試合時の写真、土田と同じくお笑い芸人の身で参加したナインティナインの矢部浩之、ペナルティのワッキーは高校時代のサッカー部時代の写真が使用されていたが、サッカー経験がない土田は中学・高校時代の不良時代の写真が使われ、エコパスタジアムの観衆の爆笑を誘っていた。

その他、フットサルを後輩芸人達とやっており、メンバーにどきどきキャンプの岸学などがいる。自他共に認める下手くそながらもパスには土田流の「アシストの美学」があり、芸人仲間のフットサルの時には小洒落たパスや奇をてらったプレーをやりたくてボールのある方に下がってくるが、後輩からは「お願いですから前にいてください」と追い払われている。

上述にもあるように、2016年に自身が出演するラジオ番組内で最近のサッカー事情が分からないと打ち明けたり、「(サッカーへの)興味が失せてきてる」と発言するなど、サッカー関連の仕事はやらないスタンスを取ったかのように見えたが、2018年6月25日放送の『ニュースウオッチ9』(NHK G)のワールドカップ特集には「サッカー大好き芸人」としてゲスト出演しており、先述の発言とは裏腹にサッカー関連の仕事を引き受けている。

アニメ・漫画
漫画は『WORST』が一番のお気に入りで、前作の『クローズ』から外伝まで全巻そろえている。

自ら「おたく芸人」と呼んでいるので漫画やアニメに精通しているかの評判があるが、土田によれば、他の漫画や雑誌を読まないので詳しくは知らず、有名になったり話題になった漫画だけを特別に押さえるようにしている。ただし、漫画のことは詳しくないが「浦沢直樹は知的マンガの元祖ですね。僕が大人になるのと同じにマンガの世界も大人になりました」と独自の歴史観を披露している。

アニメはジブリ映画、『ドラゴンボール』などが好きである。『ドラゴンボール』に関しては、ハリウッド映画『DRAGONBALL EVOLUTION』のオファーがきたが、スケジュール的な問題で断っている。ちなみに役柄は「持っていたドラゴンボールをピッコロに奪われて殺される役」だったが、役者の仕事には興味がないことを理由に断った。別のインタビューでは「井上聡とかウエンツ瑛士は(ドラゴンボールについて)めちゃめちゃ詳しい」「僕は弟が持ってたのを読んでたぐらい」「『だいたいのストーリーは知っているけど細かいところまではわからない』ってレベルの知識量だった」と供述している。

アイドル
中学生の頃は当時流行っていたおニャン子クラブが大好きで『夕やけニャンニャン』(フジテレビ)を観るために野球部を辞めてしまうほどの入れ込みようだった。工藤静香はおニャン子クラブから大ファンだったという。

家電
2009年にアイシェアリサーチが行った『最も影響力のある芸能人』の家電芸人部門の1位に選ばれた。家電に精通しているかの評判がある一方で、パソコンが使えない事を公言している。白物家電専門だという。

家族
妻(千葉県出身)とは『ザ・スターボウリング』(テレビ東京)がきっかけで交際を始め、1998年に結婚した。2015年時点で三男一女がおり、仕事が終われば家に直帰して一緒に食事をとり、休日には家族で外出する。4人目が生まれた時、1か月間の育児休暇を取得した。

2009年、オリコンが10・20代の男女を対象に行ったアンケート『理想の父親だと思うお笑い芸人』で山口智充に次ぐ2位となった。理想の父親に選ばれたこともあって、2009年に子ども虐待防止スポットCMに出演、子どもと仲良さそうにキャッチボールをする裏で虐げる父親を熱演した。

父親は北海道帯広市出身で建設業を営んでいた。ナメられてはいけないという考えの持ち主だという。家族旅行が苦手で、妻とは離婚寸前までの喧嘩をすることがある。2013年にはベスト・ファーザー イエローリボン賞を受賞。授賞式では「うちの嫁は本当にベスト・マザー」と評価している。

上島竜兵
事務所の先輩で、土田より年上の上島竜兵を呼び捨てで呼ぶときがある。先輩後輩関係なく慣れ合いができる「ピン芸人として海パン一丁で油塗れになる仕事をした時にはじめて先輩の凄さが分かった」と土田は述べている。

土田は上島が後輩芸人と飲む時に集まる竜兵会のメンバーだが、有吉弘行は「今では土田はほぼ来ない。3ヶ月に1回程度…。」と述べている。

2016年9月15日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)内で、多数決により竜兵会は解散が決まった。土田は「SMAPに便乗しているわけではない。何も得るモノがなくなった。」と述べている。

吉本興業
「理想の父親だと思うお笑い芸人」で吉本興業の山口智充に敗れて2位になったことに関して、『東京海上日動 ROUTE38』(TOKYO FM)に出演した時に「僕は吉本の芸人じゃないから、毎日あくせく働かされて『給料が少ない』などとは愚痴らない」と述べた。

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「日本全国!どこでもチャップリン」の放送内容

日本全国!どこでもチャップリン 内村千鳥土田井戸田ハリセン田中!人気芸人50人
春の祝日にお届けする「ぴったり にちようチャップリン」特別版!ロケコント、SPユニット、初卸しネタ…1日限りのネタ続々披露!お花見気分でお楽しみ下さい▼内村光良

毎週土曜深夜0時「ぴったり にちようチャップリン」が、深い深い深夜を越えて祝日の明るい昼間に!ネタのおもしろ度を「桜の咲き具合」に見立て【満開チャップリン】【七分咲きチャップリン】【三分咲きチャップリン】3段階で評価。果たしてどれだけの満開ネタが飛び出すのか?祝日のひととき、たくさんの笑いと共に、お花見気分でお楽しみ下さい!

「日本全国!どこでもチャップリン」の出演者

【チャップリンレギュラー陣】
内村光良 土田晃之 千鳥(大悟・ノブ)
ハリセンボン(近藤春菜・箕輪はるか)
井戸田潤(スピードワゴン) 田中卓志(アンガールズ)

【ネタ披露芸人】
ASH&Dオールスターズ(阿佐ヶ谷姉妹、ザ・ギース、ラブレターズ)、インポッシブル、ウエストランド、ウエスP、きしかが屋(かが屋、きしたかの)、スピードワゴン、ソマオ・ミートボール、ちゃんぴおんず、錦鯉、ビスケットブラザーズ、藤崎マーケット、ランジャタイ、レッツゴーよしまさ、レイザーラモンRG率いるRG楽団(AFRA、シマッシュレコード、西村ヒロチョ、パーマ大佐、ビスケットブラザーズ原田、HideboH、守谷日和)、ロッチ(50音順)
 
 
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希空

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