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【動画】帰れマンデー見っけ隊の見逃し配信無料視聴方法!再放送はある?

【動画】帰れマンデー見っけ隊の見逃し配信無料視聴方法!再放送はある?

テレビ朝日で放送されているバラエティ番組「帰れマンデー見っけ隊(帰れま10)(バスサンド)」の見逃し配信を無料視聴する方法を紹介したいと思います。動画配信といえばTVer(ティーバー)やGYAO!(ギャオ)などが思い浮かびますが、無料動画配信はそれらのサービスが全てではありません。

今回ご紹介する「帰れマンデー見っけ隊」の動画は現在配信されていませんが、今後配信されるとすれば、それは動画配信サービス「U-NEXT」になるのではないかと思われます。

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それでは「帰れマンデー見っけ隊」について紹介していきたいと思います。

「帰れマンデー見っけ隊」の詳細

ここから、記事を全て読んでいただくのも嬉しい限りですが、記事が何分長いので、気になるところにジャンプ出来るように、それぞれのネタバレを項目ごとに用意しました!

気になる箇所へ飛んでみてくださいませ!

・番組情報についてはこちらから

・番組出演者はこちらから

・番組内容ついてはこちらから

「帰れマンデー見っけ隊」の概要

「帰れマンデー見っけ隊」は、2016年10月2日よりテレビ朝日系列フルネット局で放送されているバラエティ番組と、そのシリーズである。通称は「帰れマンデー」。

かつて放送されていたバラエティ番組『もしものシミュレーションバラエティー お試しかっ!』の一企画である「帰れま10」のリニューアル版である。

2016年10月2日から2017年4月2日まで、日曜10:00 - 11:45枠にて、『帰れまサンデー』と『帰れまサンデープラス』が放送されていた。

2017年4月9日より、同年3月18日まで土曜日21:00 - 23:06枠に放送されていた『土曜プライム』のうち、その一企画として放送されている『土曜ワイド劇場』および『土曜ワイド劇場』ではないドラマ作品を新枠『日曜ワイド』(日曜10:00 - 11:50枠)にて放送することが決まり、終了した『報道ステーション SUNDAY』の後番組として『帰れまサンデー』は同月9日より16:30 - 17:30に移動かつローカルセールス枠に変更の上で放送されており、『帰れまサンデープラス』は同月2日をもって終了した。

なお、『帰れまサンデープラス』のMCであったタカアンドトシは同月9日より『帰れまサンデー』のスタジオMCを担当している。

2017年10月1日より『帰れまサンデー・見っけ隊』(かえれまサンデー みっけたい)に改題された(以下、『見っけ隊』と表記)。

2018年4月16日より放送枠が月曜日19時枠へ移動し、番組タイトルも『帰れマンデー見っけ隊!!』と変更・リニューアルされた。

なお、改題・枠移動後初回は21:48までの3時間SPを放送。

その後の放送回のほとんどが20時を10分から30分またいだ拡大版での放送となっている。

(そのほとんどが月曜ゴールデンの他番組、もしくはSP番組との合体SPだが、最終的にテレビ内の番組表では分かれるのが常である。なお一部の系列局では当初から分かれている場合もある)。

なお、1時間でのレギュラー放送は2018年5月28日が始めてであった。

2020年3月まで月曜19時台は全編ローカルセールス枠だった為、20時をまたいだ拡大版の放送の場合は、19時台に自社制作番組を放送していた系列局や自社制作の特別番組を放送した系列局では20時に飛び乗りした上で同番組は番組終盤の10〜30分のみの放送となっていた。

20時から放送する系列局向けの短縮版も用意されていなかった。

(飛び乗りする系列局がある場合はその日に放送している企画のタイトルが20:00に再度出た)。

改題・枠移動後は原則として後述の旅企画を必ず放送しており、3時間SP放送時には旅企画と『帰れま10』の両方を放送する(2企画の放送順は回により異なり、帰れま10に関しては2015年まで同枠で放送されていた「お試しかっ!」の人気企画であったため、ほぼほぼ別番組扱いになり、次回予告動画にも載らない。

しかし、司会が帰れマンデーのレギュラーでもあるタカアンドトシであったため、実質上、帰れマンデーの一企画となっている)。

2019年1月7日の放送から番組タイトルが『帰れマンデー』に変更されたが、番組表や番組ホームページでは『帰れマンデー見っけ隊!!』のままとなっている。

2020年10月改編で開始時間を15分前倒しして、テレビ朝日など一部の局で18:45 - 20:00での放送となる。

2018年4月の『帰れマンデー〜』としての放送開始に先駆け、同年4月8日から9月30日まで『サンデープレゼント』を放送しない週の日曜日13:55 - 14:35枠にて『帰れマンデー見っけ隊!!特別編』を放送していた。

主に過去の傑作選を中心に放送したが、翌日の放送に先駆けて見所も紹介していた。

なお、該当時間帯にスポーツ中継(プロ野球、ゴルフなど)がある場合は休止、もしくは15:20 - 16:25の枠で放送(その場合『路線バスで寄り道の旅』は休止)する場合もあった。

後者の場合、同年8月26日は『サンデープレゼント』の放送有無関係なく後続で放送された。

2018年10月からは『お願い!ランキング』の1企画として放送されている。

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「帰れマンデー見っけ隊」の出演者

「タカアンドトシ」について

「タカアンドトシ」は、タカとトシからなる日本の男性お笑いコンビ。吉本興業所属。略称は「タカトシ」。吉本興業札幌事務所(札幌吉本)からデビュー。札幌で活動した後、2002年に上京し、吉本興業東京本社(東京吉本)へ所属。共に北海道出身。爆笑オンエアバトル第7・8代チャンピオン。

タカ(1976年4月3日 )
北海道札幌市出身。
北海高等学校出身。
身長175 cm、体重85 kg。
本名:鈴木 崇大(すずき たかひろ)
ボケ担当。
肥満体型。
以前はライオンのキャラクター(通称「タカトシライオン」)が正面に描かれた服をトレードマークとしていたが、現在は一部の番組を除き着ていない。ただし、胸ポケットにワッペンを付けている事はある。
妻は元芸能リポーターの鈴木奈津子(2012年8月に結婚)。2児の父。

トシ(1976年7月17日 )
北海道旭川市出身。
札幌南陵高等学校出身。
身長176 cm、体重65 kg。
本名:三浦 敏和(みうら としかず)
ツッコミ担当。
坊主頭。
妻は高校の同級生の一般人女性(2010年5月に結婚)。3児の父。

1990年 - 札幌市立西岡北中学校2年生の時にコンビを結成。学園祭で漫才を披露する。当時のネタは「今何時?」「ゴジラ!」などだった。
1992年 - タカは北海高等学校、トシは北海道札幌南陵高等学校へとそれぞれ別々の高校へ進学。

1994年5月 - 高校3年生の時に、吉本興業札幌事務所主催のオーディション番組「トミーズのよしもとのもと」を受けるが落選。ネタは「レスキュー隊隊員」、太平サブローなどが審査員を務めた。同時期に、札幌吉本主催の素人勝ち抜き型お笑いライブ「吉本特選 空飛ぶイクラ SPECIAL」にも参加(このライブにまさまさきのりは初舞台として参加していた)。

1994年12月 - 12月24日放送分で、オーディションに合格。同収録にてアップダウン(当時高校2年)も合格。
1995年4月 - 高校卒業後、吉本興業札幌事務所に入りプロとして活動を始め、札幌吉本の1期生となる。芸歴は大阪NSC13期生の次長課長らとほぼ同期にあたるが、トシは「4日後輩」と発言しており、基本的に大阪NSC13期生には敬語を使っている。同時期に笑ハンティングらと共に、地方ローカル深夜番組にてコントなどを披露したほかその年の「オールザッツ漫才」にも札幌吉本の代表として出演した。この時は3分の予定だったネタを時間の都合で急遽1分に縮めざるを得なかったため構成そのものがグダグダになり、西川のりおから「お前らもう辞めろ」とこき下ろされてしまった。

1998年 - 吉本興業所属の若手お笑いコンビ4組からなるお笑いユニットnews(ニューズ)に後輩のアップダウンが選ばれ、東京進出を先に越される。このことは「初めての挫折」とたびたび言及するほどのショックだったという。

2001年6月 - 占い師に画数が悪いと言われ、コンビ名を「タカ&トシ」から現在の「タカアンドトシ」に改名。
2002年4月 - 活動の拠点を札幌から東京へ移す。

2004年 - M-1グランプリにおいて、ラストイヤーで決勝進出を果たす。結果は4位。
2005年 - 爆笑オンエアバトルのチャンピオン大会で優勝。この頃より「笑いの金メダル」などでトシの「○○か!」のツッコミが世間に知れ渡り、テレビ出演も増える。
2006年 - 爆笑オンエアバトルのチャンピオン大会で連覇。東京進出後の初冠番組であるラジオ番組「火曜JUNK2 タカアンドトシのケチャケチャラジオ」が放送開始(TBSラジオより全国ネット放送)。

2007年 - 「史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ」(TBS)にてトシが松本人志とシャッフルコンビを組んだネタが高く評価され、ゴールデン番組へのオファーが急増。「サッカーアース」(日本テレビ)で、キー局にて初メイン司会を務める。

テレビにおける初の冠番組「タカアンドトシの音楽魂か!」(東海テレビ、4月-9月)、「タカアンドトシのどぉーだ!」(北海道文化放送、4月-2009年3月)が放送開始。この頃が全国的な大ブレイク期とされている。

2010年 - メインMC番組「もしものシミュレーションバラエティ お試しかっ!」がゴールデンタイムに進出した(2015年終了)。
2016年 - 北海道観光大使に就任。

2019年 - 北海道の民放5局とNHK札幌放送局による共同キャンペーン『One Hokkaido Project』のキャンペーンソングに参加。また同キャンペーンの特別番組『みんなで道フェス!2019~どさんこの夢 応援するべさ~』のMCとして大泉洋と共に出演した。

芸風
当初は普通の正統派しゃべくり漫才だったが、2004年頃にタカのボケに対し、トシが連続で「欧米か!」などと突っ込みながらタカの頭を叩くパターンを生み出し(通称「○○か!漫才」)、定着する。ネタ作りのベースはタカが担当しているが、元々ネタの台本をツッコミの部分は細かく作らず、その部分はトシが手直しをしていた。そういったときに、タカの書いた台本のツッコミが一部分すべて「○○か!」と書かれていた。それをトシが舞台で使ってみたところ、先輩などから高評価だったためである。その中でも「欧米か!」とツッコむネタがヒットしてメディア出演が増えた。もともとはネタ時間の短いM-1グランプリ対策として生み出された。

また中盤から終盤までは捩ったツッコミボケをする(「うっかり…」を受けて「八兵衛か!」など)。この形式でのネタを作る際は、ツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている。
また、タカが逆にトシの頭を叩いて「○○か!」とトシにツッコむケースもあり、その際はタカがボケた後に自らトシにツッコんだり、トシのツッコミに被せる形でツッコむなどのパターンがある。

概説
東京進出後も地元・北海道を大事にしており、2007年開始の『タカアンドトシのどぉーだ!』以降、北海道ローカル番組のレギュラーを切れ目なく持ち続けているほか、道内各市町村を他の吉本芸人とともに周るライブ「タカトシ寄席」を主宰していた。2人とも北海道に本拠地を置く、プロ野球・北海道日本ハムファイターズ、Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌のファンである。

タカは、とんねるずがお笑い芸人を目指すきっかけとなっているが、「とんねるず」がグループ名に「ん」が付いているので、「自分たちも『ん』が付くグループ名にしたい」と思い、「タカア“ン”ドトシ」(最初は「タカ&トシ」)というグループ名にした。またデビュー当初は「カタカナの二人組」で「名前の間に&(アンド)がつく」ことから、先輩芸人であるテツandトモと混同されることが多かった。地方では未だに間違われることをトーク番組などでネタにすることがある。逆に、テツandトモはタカトシに間違えられることをネタにすることがある。また、初期のオンバトでは鈴木崇大、三浦敏和と本名で表記されることがあった。

2人の出会いは、中学2年の時にトシが西岡北中学に転校してきたのがきっかけ。タカがトシを相方に選んだ理由は、「トシが『面白い』と思うところが、自分と一緒だったから」。また、タカが学園祭で漫才をする予定だった友人がネタ合わせをサボるなど不真面目だったため、保健だよりを立ったまま熟読するトシの真面目さに惹かれたからとも語っている。学生時代はタカの実家の和室でタカの両親の前でネタを披露したり、ビデオに撮影して二人だけで視聴したりしていた。

タカのつく嘘もネタになってきている。島田紳助にロシア人っぽいと言われ、お父さんがロシア人と答えたこと、高倉健が友人ということ、昔『めちゃ×2イケてるッ!』のエキストラに出演したこと、子供のころ父親と漁に出て海に落ちて死にかけたこと、いずれも嘘である。その嘘は特徴があり、実際にあったかのようなものであり、トシが指摘するまで、真に受ける共演者もいる。

同級生と言うこともあり、コンビ愛も深く、「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」の解散ドッキリでトシが「休業したい」と言った時も、タカは涙ながらに「俺はお前とじゃないと出来ないから」と言った。トシは同番組の最後で「(タカが自分とじゃないと漫才出来ないと言った事に)感動した」という発言をしている。

先輩として次長課長の河本準一を慕っているが、実際はほぼ同期である(年齢は河本が1つ上)。しかし、同じく同期のスピードワゴンやフットボールアワーにはタメ口で話す。長州小力に至っては、初対面から後輩扱いして以来、実は先輩と判明した後も「今さら変えられない」という理由で後輩扱いのままであり、ガレッジセールは、初対面から先輩扱いして以来、後輩と判明した後も小力とほぼ同じ理由で先輩扱いのままである。又、他事務所芸人の後輩サンドウィッチマンの富澤たけしには、何故か『富澤さん』とさん付けするが、伊達みきおには『伊達ちゃん』とちゃん付けする。但し、年齢はサンドウィッチマンの方が上である(タカアンドトシは76年生まれでサンドウィッチマンは74年生まれ)。

東京進出して間もなかった頃、当時タカが細身・金髪・髭といった近寄りがたい出で立ちだった事もあり、爆笑オンエアバトル収録中の楽屋に馴染めず肩身の狭い思いをしていたが、そんな中でホーム・チームが親しくしてくれた数少ないコンビであった事を度々テレビで公言している。その縁から、与座よしあきの生誕40周年ライブにコンビで携わるなど、現在も交流が続いている。

吉本には珍しく、「バラ売り」をせず常に二人で出演するコンビとして知られている(全力!脱力タイムズ等の基本的にピンで出演する番組でもコンビで出演している)。タカが極度の人見知りのためと言われている。他にもそんなコト考えた事なかったクイズ!トリニクって何の肉!?をタカの母親が見て、「なんでミウラ(※トシの名字)ひとりで出てんの!? うちの息子が誘って、こいつ入ったくせに。なんでひとりで出てんの!? おかしいじゃん、あんたなんで出ないの!? ミウラ一人で出て。」とタカに連絡してきたのもきっかけである。

出囃子はTHE VALVESの『For adolfs only』。

爆笑オンエアバトル
かつてNHK総合テレビで放送されていたネタ番組「爆笑オンエアバトル」に2001年から2006年まで出場し、様々な功績(後述)を残すなど大活躍した。数多くの人気芸人を輩出してきた番組であるが、その中でも代表するコンビとして挙げられ、卒業後も特番で司会を務めたりするなど番組に大きく貢献した。

初出場及び初オンエアは2001年6月23日放送回。2人の地元である札幌収録であり、「地元枠」での出演だった。469KBという高得点だったが、比較的球の入りやすい地方収録だった影響もありアンタッチャブルと同率の4位であった。

その後、満を持して東京収録にも参加しこの頃から勝ち星を重ねていく。しかし、2001年9月8日放送回から2002年4月20日放送回まで4連勝を達成するも、全ての回が300KB台でギリギリの5位通過という珍記録を残している。このように2001~2002年までは連勝はするものの、KB数は思うように伸びず3位~5位で終わってしまう事が多かった。このような状況から2人は当時「オンエアバトル史上最も地味な連勝記録」と言われていたという。この為2001、2002年度はチャンピオン大会の出場条件である年間4勝を達成しているが、いずれもKB数が足らず出場を逃していた。

2003年度から成績が安定していき、この頃から徐々に高得点を叩き出していく。2003年10月17日放送回では初のオーバー500となる529KBを記録(自己最高KB)し、初のトップ通過も果たした(なお、この回から2005年10月15日放送回まで6戦連続トップ通過という番組タイ記録を樹立)。勢いに乗り同年のチャンピオン大会にも出場を果たすが、初出場ということもあってかファイナル11組中10位(578KB)という成績に終わってしまう(タカは「力が入りすぎて、本番空回りしてしまった」と述懐している)。

2004年度は3戦連続オーバー500及び3戦連続トップ通過、更に史上初の年間ランキング1位を獲得するなど、2人にとって正に飛躍の年となった。同年のチャンピオン大会では、セミファイナルで当時の大会最高KBとなる1034KBを叩き出してトップ通過を果たすと、ファイナルでは986KBを獲得して7代目チャンピオンに輝いた。

因みにこの年は、出場した全ての通常回・年間ランキング・セミファイナル・ファイナルの全てにおいて1位を記録しており、これは番組内でタカアンドトシしか成し遂げていない唯一の記録となっている。また、年間ランキング1位の王者もハリガネロック以来2組目の快挙となっている。

更にこの年は出場した全ての通常回においてオーバー500を記録した他、上記の通りセミファイナルでは史上初のオーバー1000も記録しているが、これでファイナルにおいてもオーバー1000を記録していれば、番組内で史上初となる1年を通してオーバー500とオーバー1000のみしか記録した事の無いコンビとなっていた。

2005年度の第8回チャンピオン大会ではシードでファイナルに出場。後にチャンピオンとなるNON STYLE、トータルテンボスなどといった強豪が揃う中、946KBを獲得して8代目チャンピオンとなり、ルート33以来の2連覇を達成した。なお、この年のファイナルで900KB台を記録したのはタカアンドトシのみであった。

2006年11月3日放送回にて、それまでますだおかだが保持していた番組記録の17連勝(全勝)を塗り替える18連勝(全勝)を達成し、当時の番組新記録を樹立した。更に同回では6戦連続オーバー500という番組新記録も達成しており、これは番組終了まで1度も破られる事は無かった。

2006年度の第9回チャンピオン大会に再びシードでファイナルに出場。番組史上初の3連覇を狙うも、ネタ順がトップバッターだったという事も災いしたのか、958KBという高得点ながらも3位敗退に終わり、9代目チャンピオンの座はNON STYLEに明け渡す事となった。敗退が決まった後、タカは相当悔しがっていたようで、最後の全員で行う「あなたたちです!」の時まで終始俯き涙を流しながら落ち込んだ表情を浮かべていた。

上記のように7・8代目チャンピオン(2連覇)、18戦全勝、6戦連続オーバー500、6戦連続トップ通過(番組タイ記録)、オーバー500獲得回数7回(歴代4位)など様々な番組記録を残し、2000年代半ばの同番組を支えたコンビとして番組に大きく貢献した。また、ゴールドバトラーとプラチナバトラーの両方を獲得している数少ないコンビである。

出場者としては第9回チャンピオン大会ファイナルを以って卒業したが、以降も特番である「オンエアバトルDX」に司会として2回出演するなど、卒業後も番組に貢献していた。2014年3月15日に放送された「オンバト最終章 チャンピオン大会直前 15年間ありがとうスペシャル」では、数多くの芸人を代表して司会に抜擢された。更に同年3月22日放送の「オンバト+ 第4回チャンピオン大会」でも司会を務めた。

2014年3月6日に行われた「オンバト最終章」の記者取材会にて、タカは「無名のときに札幌大会で初めて出させていただき、ギリギリ5位で通過してオンエアされた。オンバトがなかったら東京に出るきっかけもなかった」と語り、トシも「我々はオンバトなくして今ここにいない、というくらいお世話になった番組。最後にMCを手伝わせていただくのは感慨深くてありがたい」と語るなど、各々番組に対して感謝の弁を述べていた。

2019年3月23日深夜に放送された特番「爆笑オンエアバトル20年SPECIAL ~平成最後の年に一夜限りの大復活!~」においても番組OBを代表して司会を担当した。なお、同回においては一部を除いてタカトシ以外の吉本所属の芸人(番組OB)が殆ど出演しない形となった。

「サンドウィッチマン」について

「サンドウィッチマン」は、グレープカンパニーに所属する伊達みきおと富澤たけしからなる日本のお笑いコンビ、司会者。1998年9月コンビ結成。愛称及び略称は「サンド」。

M-1グランプリ2007王者、キングオブコント2009準優勝。みやぎ絆大使、東北楽天ゴールデンイーグルス応援大使、ベガルタ仙台市民後援会名誉会員、喜久福親善大使、宮城ラグビー親善大使、松島町観光親善大使、伊達美味PR大使、伊達なふるさと大使。

2人は仙台商業高等学校(現・仙台市立仙台商業高等学校)の同級生で、同校のラグビー部で知り合う。

高校卒業後、伊達は福祉系の専門学校へ進学するも3か月で中退。父親の斡旋で福祉関連の会社に就職し、会社員として働くつもりだった。一方で芸人を志していた富澤は、就職して正社員になると芸人を目指しにくくなるという理由でアルバイトを続けていた。1995年に創立された吉本興業仙台事務所(仙台吉本)への所属を目標に定めた富澤は伊達を誘うも断られ、小・中学時代からの別の友人とコンビ『ゆやゆよん』を結成。アマチュア活動をしていたものの、所属以前に仙台吉本が撤退してしまった。

当初から伊達とのコンビ結成を熱望していた富澤は、すでに福祉関係の仕事に就いていた伊達を3年間に渡って口説き続けた。最終的に伊達は祖父の死をきっかけに「限りある人生、どうせなら好きな事をやらないと」と悟り、会社を辞める決意をした。1998年9月、コンビ結成。同年に上京してコンビ名を『親不孝』とする。この時は先に上京していた芸人仲間と同じホリプロ預かり(後所属)となるが、後にフリーへ転身すると共にコンビ名を『銭と拳(かねとこぶし)』へ改名。同時期に一度だけ『バイキング』というコンビ名で舞台に出たが、その際に他の芸人から同じコンビ名の芸人がいると言われたため元に戻した。

その後、24歳の時にホリプロでの同期だった浜田ツトムを入れてトリオ『サンドウィッチマン』を結成する。このときは浜田がツッコミで、2人ともボケだった。僅か1年で浜田は脱退するが、元のコンビ名には戻さず現在に至る。このように、ホリプロやH・R事務局に所属していたもののお笑いに理解のないマネージャーなどからネタの中身について注意されることを嫌い、自由にネタをできる事務所を探した結果フラットファイヴへ所属する。

ライブには出演していたが、キー局でのテレビ出演がないまま年月は流れる。当時の富澤は自ら伊達をお笑いの世界に誘いながら一向に結果が出ないことに負い目を感じ、コンビ解散や自殺まで考えていた。気が付けば30歳になっていた2人は2005年を「勝負の年」と決め、アルバイトを減らして片っ端からライブに出演していく。そんな中でついにその実力がテレビ関係者の目に留まり、『エンタの神様』(日本テレビ)への出演が決定する。

2005年5月28日、『エンタの神様』に初登場。披露したネタは「ピザのデリバリー」だった。収録の際、あまりにもウケすぎたため観客の笑い声が2人のピンマイクにも入ってしまい、撮り直すべく同じネタをもう一度披露するという前代未聞の出来事が起きた。以降は知名度が上がり、同番組には定期的に出演するようになる。

2006年5月13日・2007年9月24日に新宿シアターモリエール、2006年7月22日は仙台141にて単独ライブを開催。満員御礼となった。また、10月27日には2人の母校である仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」へ出演した。交通費代込みで10万円という破格の出演料だった。

2007年12月23日、M-1グランプリ2007において大会史上初であった敗者復活枠からの優勝を成し遂げる(後にトレンディエンジェルも達成)。

2008年1月26日、イトーヨーカドー仙台泉店で、『サンドウィッチマンのラジオやらせろ!(仮)』(FMいずみ)の公開収録を行った(観衆は2000人)。村井嘉浩宮城県知事から「みやぎ夢大使」を委嘱され、泉区長からは区長賞を授与された。

2009年5月11日、伊達がフリーアナウンサーの熊谷麻衣子との結婚を自身のブログで公表、7月11日に挙式・入籍した。また同年6月8日、富澤が年下の一般人女性と2009年4月2日をもって入籍していたのを所属事務所を通じて公表した。

キングオブコント2009ではM-1との2冠を目指し、初出場にして決勝進出。1stラウンドは2位以下に大差をつけて首位で折り返すものの、結果は東京03に逆転されて準優勝となった。翌年以降は出場していない。M-1優勝後にキングオブコントへ出場し、決勝進出を果たした最初のコンビ(またはグループ)となっている。それ以降2021年までの12年間はサンドウィッチマンのみであった(2021年はマヂカルラブリーが同様にM-1優勝後にて決勝進出した)。

2009年、夏から秋にかけて初の全国ツアーを開催。以後も毎年開催され、コンビの活動の柱となっている。

2010年7月1日、約5年間所属したフラットファイヴを退社。担当マネージャーと共に現事務所・グレープカンパニーを立ち上げた。同時にフラットファイヴの所属だったほとんどの芸人たちもグレープカンパニーへ移籍した。これはフラットファイヴの社長兼夫婦芸人であるホロッコが、サンドウィッチマンのM-1優勝に触発されて漫才業を再開したことを理由とする円満移籍である。

2011年3月11日、宮城県気仙沼市の漁港にて、『サンドのぼんやり〜ぬTV』(TBCテレビ)のロケの最中に東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生し被災したが、すぐにスタッフ・出演者が全員無事であることをブログで報告。

2012年から、中川家・ナイツと共に3組で「漫才サミット」と称する合同ライブを定期的に開催、各コンビが持ち回りで主催する形で全国を巡っている。

2016年、欅坂46の冠番組である『KEYABINGO!』(日本テレビ)のMCに就任。

2017年は全国ツアーの一環として、自身初の海外公演となる結成20周年目記念ロンドン特別公演を開催。チケットが即日完売となる。

2018年、日経エンタテインメント!発表の「好きな芸人ランキング」で調査開始以来14回連続でトップに君臨していた明石家さんまを抜き、1位に躍り出た。

2019年、日本とスペインを拠点に活動するピアニスト・川上ミネとのコラボレーションで初のスペイン公演を行った。

「サンドウィッチマン」のネタ

漫才・コント両方を演じる。奇抜な設定やキャラクターに頼らず、「店員と客」などベタな設定の下で交わされる会話のやりとりで笑わせるネタが多い。会話重視のネタの性質から、コントを漫才(コント漫才)に作り替えて披露することもある。「コント師」や「漫才師」ではなく「漫コン師」と自称することもある(ただし響きが卑猥に聞こえることからNHKに出演する際には「コン漫師」としている)。コントではボケとツッコミをハッキリと分けることが多く、ボケは異常人でツッコミは常識人に徹する。それにも拘わらずツッコミもボケに劣らず笑いを誘発できるのが特徴。ただし2人の担当は毎回入れ替わる(伊達がボケの時は異様な扮装となることが多い)。極稀に2人とも常識人ベースだが、状況に翻弄されるがまま変になっていくというネタもある。基本的には2人のみで進められるも、一部ネタではエキストラを起用する場合がある。

2009年以降、毎年夏から秋にかけて新ネタのみを引っ提げ全国各地を巡る単独ライブツアーを実施している。計1万人以上を動員する大規模なツアーにも拘わらず、ほぼ全ての会場のチケットが数分で完売するほどプレミア化しており、翌年の春には前年のライブの模様を収録したDVDが発売されている。立川志の輔や関根勤を始め、多くの著名人が毎年ライブツアーを観覧している。ライブ構成には水野としあき(同事務所所属の後輩である放送作家)も参加してきた。

ネタ作り担当は富澤で、携帯電話に書き込んで作成している。一部のツッコミを伊達が付け加えることもあるが、台本に起こし最終的な構成をかけるのは富澤の役目。また「伊達がツッコミのフレーズを先に考え、富澤がそこから逆算してボケを付ける」ケースもある(アンタッチャブルと同様)。

富澤はパソコンで清書した台本を用いたいが、伊達の「富澤の女の子みたいな丸文字で書いた文字じゃないと頭に入らない」という理由から、長らく台本は手書きだった。後に富澤が伊達にメールでネタを送信し、機械音痴の伊達がマネージャーに頼んでプリントアウトしてもらうようになった。

初めてネタを披露したテレビ番組は、2005年のBSフジ『東京金歯(笑)』。

漫才の際の出囃子は、Mess→Age Crew(feat.CUZSICK)の「青葉城恋唄21」で、主に単独ライブツアーにおいて使用している。

漫才でネタに入る時には「(伊達)世の中興奮することっていっぱいあるけど、やっぱり一番興奮するのは◯◯する時だよね」「(富澤)間違いないね!」という掛け合いがお約束となっている。コントを4分しかないM-1グランプリ仕様の漫才に作り変える際に、コントインのお約束のやりとりがもったいないと考えてこの掛け合いを導入した。終わる時は伊達が「もういいぜ!」と言って締める。ちなみにその締め言葉は、伊達のブログのタイトルにもなっている。また、「ちょっと何言ってるか分かんない」「なんで何言ってるか分かんねぇんだよ」などサンドの代名詞とも言える定番の掛け合いがあり、多くのネタに盛り込まれている。

漫才のつかみ、またトーク番組等で何かやって欲しいと振られた時は30秒以下のショートコントをすることがある。トーク番組やワイドショー、営業先などでショートコントをやる際にはオチの後に「はい、◯◯!」と番組名や地名などを叫ぶ。

ネタ以外ではボケ・ツッコミの役割分担をあまり気にしない。過去には伊達がボケ、富澤がツッコミを担当した時期もあり普段から伊達がボケたがるため、ラジオやフリートークでは富澤が伊達に対して自然にツッコむ様子も頻繁に見られる。

単独ライブでは伊達がボケるネタも存在する(通称「男シリーズ」)。これらのネタは伊達が作っており、伊達曰く「台本はなくアドリブでやっている」とのことである。

伊達は哀川翔のものまねをすることがある。単独ライブではこのキャラクターは“哀川チョウ”(チョウの漢字は毎回異なる)の名で、コントとして披露されている。ただ後半になるとほぼ地声に近づき、ものまねの精度が落ちてゆく。『サンドウィッチマンライブ2010 新宿与太郎音頭』の映像特典には哀川本人との対談が収録され、このものまねは「本人公認」となっている。伊達の他のものまねレパートリーには竹内力、野村克也、マツコ・デラックス、中尾彬、梅沢富美男、安倍晋三、阿部寛、郷里大輔などがある。

『ボキャブラ天国』(フジテレビ)の復活特番へ出演し、満点の30点を獲得した。

サンドがデビューしてから現在まで全てのライブに来ている熱狂的ファンの「小島さん」は、ファンの中でも名物的存在となっている。単独ライブツアーでは漫才の冒頭で、東京での初舞台から応援してくれているファンの「小島さん」をイジるのが恒例で時には「小島さん」がマイクを持った状態で座っていたり、「小島さん」にスポットライトが当たることもある。しかしイジる時間が長いために公演時間も長くなりがちで、関係者から怒られるケースがある。

最も影響を受けた芸人はバカルディ(現さまぁ〜ず)であり、コントライブのビデオやDVDを観て勉強していた。また、東京ダイナマイトにも影響を受けている。

『笑点』(日本テレビ)の演芸コーナーにも度々出演している。三遊亭圓楽とは定期的に各地で「円楽 サンドウィッチマンの会」を開催し、立川志の輔とも落語会などで多く共演、さらに毎年新春!お笑い名人寄席に出演するなど落語家と同じ舞台に立つことも多い。

伊達がツッコミのコントでは、ネタの入りで富澤にヤクザと間違えられ「お前見た目で判断するなよ!」などとツッコむのがお約束。また、伊達の職業は見かけによらず堅気だが「遊園地のクレープ屋」「バッティングセンターの店員」「ヨガの先生」「女子プロレスのレフェリー」「図書館の司書」「粉チーズ工場の工員」「パン工場のあんパンにゴマをのせる工員」など、どこか奇妙な設定が多い。

ネタに出てくる企業名・店名・施設名等は、「ピザハットリ(ピザハット)」「ピザーワ(ピザーラ)」「もずくヘア(モッズヘア)」「スタジオアリノス(スタジオアリス)」「オールドジム(ゴールドジム)」「アービバビバ(アビバ)」「DEFマート(ABCマート)」「酒松屋(西松屋)」「紳士服のモナカ(コナカ)「カラオケ舘(カラオケ館)」「ダンディマウス(ダンディハウス)」「三本生命(日本生命)」「おじさんマークの引っ越しセンター(アリさんマークの引越社)」「アウト引越しセンター(アート引越しセンター)」「トミザワタケシ(マツモトキヨシ)」「西京東川(東京西川)」「ゼブラビール(キリンビール)」「個別教室のドライ(個別教室のトライ)」「MTT bocomo(NTT docomo)」「みどりな窓口(みどりの窓口)」「毎朝新聞(毎日新聞)」「読読新聞(読売新聞)」「前楽園ゆうえんち(後楽園ゆうえんち)」「下野動物園(上野動物園)」などパロディが多い。

2人とも美声を、主にボケに回った時には効果的に用いる。伊達はやや凄みを効かせた低音、富澤は滑らかなハイバリトン。

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「帰れマンデー見っけ隊」の主な企画

2016年の開始当初は、『帰れまサンデー』『帰れまサンデープラス』ともに、スポーツに関連したものやランキングを当てるものなど、週替わりで様々な内容であった。

『帰れまサンデー』はタカアンドトシ以外のメンバーが担当し、『帰れまサンデープラス』はタカアンドトシが短時間(概ね2・3時間程度)で終了する企画を中心に放送していた。

2017年からは、大方の回が「ばったり出会えるまで帰れない!」、「無人駅で飲食店を見つけるまで帰れない旅」、「秘境路線バスに乗って飲食店を見つける旅」といった「何かを見つける」企画が中心になっている。

日曜午前時代はオールロケ番組であったが、日曜夕方に移動後はスタジオMCをタカアンドトシが務めるバーチャルスタジオパートも新設された。

(それまで通りタカアンドトシは引き続きロケにもメインメンバーとして出演している)。

月曜ゴールデン移行後は「秘境路線バス」をサンドウィッチマン、「無人駅」「すし歩き」「帰れま10」をタカアンドトシが担当している。

原則週替わりだが、スペシャルで2つの企画が放送される週もある。

なお「秘境路線バス」「無人駅」「すし歩き」ついては、2020年5月放送分より新型コロナウイルスの影響により新規のロケが見合わせられており、過去の放送内容を再編集しスタジオのサンドウィッチマン・タカアンドトシがコメントする形式での放送が続いていた。

2020年10月26日放送分で新規のロケが再開された。

「無人駅」「乗り継ぎ旅」「秘境路線バス」の回においては、乗り物に乗っているときのBGMにサザンオールスターズの「希望の轍」のほか、スタジオジブリ作品の楽曲などが使われる。

BGMに合わせ、別の日(晴れた日など)にドローンを使って撮影された映像がインサートに使われる。

ドローン撮影は株式会社Dron é Motionが担当。

ばったり出会えるまで帰れない!

日曜午前時代は「バッタリ会えればタダ、会えなければ自腹!」のタイトルであった。

メインメンバーを含む1組と、ゲストの1組がある共通するエリア(例:京都、鎌倉など)の別々の場所からスタートする。

立ち寄った店にご厚意で貼らせてもらったインスタントカメラの写真や、観光客や従業員の目撃情報などをヒントに相手チームの居場所を推理しながら旅を行い、制限時間までに両チームが出会う必要がある(当然ながら、携帯電話は使用できない)。

もしも制限時間内に出会えなければ、飲食・土産・入場料などで使った予算は全額自腹となる。

2017年8月13日放送(京都)が唯一の失敗・全額自腹である。

『帰れマンデー見っけ隊!!』では、開始当初は放送がなかったが、月曜に移動してから半年以上が経った2018年11月5日放送で初めて放送された。

この回には、やはり月曜移行後に出演が全くなかった山崎弘也(アンタッチャブル)が久々に出演しているが、ゲスト扱いでの出演であり、レギュラーへの復帰はしていない。

また、月曜移行後、これが唯一の実施となっている。

無人駅で飲食店を見つけるまで帰れない旅

ローカル線の鉄道を舞台に、その路線に存在する指定されたいくつかの無人駅で降り、飲食店を探して実際に食事する。

対象は飲食店登録されている店のみで、コンビニ・売店・屋台は飲食店として認めらない。

これを、指定された無人駅全てで探し出す必要があり、全ての無人駅で見つけられた時点で帰ることができる。

しかし無人駅のため、余程のことがない限り駅前には飲食店がなく、そこからの移動手段は徒歩のみである。

ただし、店側が送迎車で送迎をしている場合、送迎車を利用して元来た駅に戻ることができる。

また、2018年2月18日放送分の伊勢志摩の旅では、ロケをたまたま見かけた視聴者の好意で自動車に乗せてもらって移動した事がある。

日曜夕方時代からは、舞台となる路線の有人駅を除いた無人駅を双六に見立て、サイコロを振って出た目の数だけ進む形式となる。

撮影交渉も出演者が行い、断られると別の飲食店を探さなければいけない。

2017年12月3日放送分の北越急行ほくほく線では、駅の数が少ないため、有人駅も含まれた。

サイコロは通常の6面体が基本だが、8月20日放送分は無人駅が少ない事から8面体で最高の出目が4、9月10日放送分は無人駅が多い事から10面体のサイコロ、12月3日放送分は6面体で1と4の目が2つあるサイコロが使われ、駅が少ない場合は6面体で1と2と3の目が2個ずつあるサイコロも使われる事がある。

また、歩いて隣り駅に進んだり戻ったりした場合、そこからのスタートとなる。

派生版として、電車の他にバスやケーブルカーやロープウエー等、主に2種類の乗り物を使う「乗り継ぎ旅」もあり、こちらの方がメインとなっている。

無人駅で赤ちゃんに出会いたい旅

「飲食店を見つけるまで帰れない旅」の派生版。

ローカル線の鉄道を舞台とし、双六形式であることは共通している。

ここでは、その無人駅で降り、その周辺に住んでいる赤ちゃんを探し出す必要があり、出会った時点で先に進むことができる。

ここで条件となる赤ちゃんは「0歳児または1歳児」に限られており、例えば1歳11ヶ月ならばクリアとなるが、2歳0ヶ月以上だと認められない。

また、無人駅周辺に在住しているか、無人駅周辺の保育所に通っていることが条件となっている。

こちらも無人駅故に、高齢者の居住はあっても、赤ちゃんがいるような若い夫婦の世帯が住んでいる可能性が少ないため、有人駅近くにある保育所でようやく見つかることも多々ある。

秘境路線バスに乗って飲食店を見つける旅 →バスごろく→バスサンド

秘境にある路線バスの路線を舞台に、バス停を双六に見立て、サイコロで出た目の数だけ先の停留所まで乗車した停留所近くで飲食店を探して実際に食事する。

これを、その路線の終点にたどり着くまで行い、終点付近で飲食店を見つけられた時点で帰ることができる。

その他のルールは前述の無人駅と同じである。

『帰れマンデー見っけ隊!!』に移行後は、サンドウィッチマン出演回はこの企画が行われることが多い。

2018年7月からは「バスごろく」というタイトルがついたが、2019年からは「バスサンド」に再度改名した。

海なし秘境でお寿司屋さんを探す旅「すし歩き」

初回は2019年7月1日放送分。

山にしか囲まれていない秘境を舞台に(最初は海のない県で行われたが、海のある県でも港から遥か遠い秘境でも行われる)、ローカル線の駅や路線バスのバス停を双六に見立て、サイコロで出た目の先の無人駅やバス停に進み、そこから寿司店、もしくは寿司を出している飲食店を探して実際に寿司を食べる。

これを繰り返し、最後の駅もしくは終点のバス停付近で寿司店を見つければ帰ることができる。

自販機帰れま10

2019年2月11日放送の企画初回は『自販機の1位を当てろ スタンプチャリー』というタイトルで放送。

この時からすでに画面左上の説明テロップには『自販機帰れま10』と表示されていたが、同年6月10日放送の2回目から正式に現在のタイトルになった。

番組側が選定した関東地方にある数ヶ所の自販機を順に巡り、『帰れま10』の要領で売上ランキング1位のメニューを予想。

正解すれば次の自販機に進むことができ、最後の自販機の1位(回によっては最後の自販機のみ「ベスト3」に拡大されることもある)を当てることができれば企画終了となる。

『帰れま10』のパーフェクト達成時の賞金は100万円だが、こちらの企画はパーフェクト達成で賞金10万円。

初回のみ『スタンプチャリー(「スタンプラリー」+「チャリ」の合成語)』というタイトルにちなみ、「1つの自販機をクリアすると、その所在地と名物にちなんだスタンプを押す」「自販機間の移動手段は自転車」というルールが存在した。
 
 
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希空

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